北海道の旅 2011年 

厚岸では屯田兵の跡を訪ねた。北海道開拓の尖兵として送り込まれたのだが、その歴史はけっこう悲惨なのだ。
厚岸湾に流れ込む別寒辺牛川は広大な湿原をつくっている。あまり知られていないのだがラムサール条約登録のすばらしい湿原である。
この日最後に訪れた霧多布岬は名前の通り霧であった。でも、色とりどりの花が咲いていてすばらしくきれいであった。



 厚岸の屯田村跡
望洋台




太田屯田旧兵屋

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2011年7月18日

釧路の観光を終えて、国道
44号線を厚岸に向かって走ってゆく。
2時間ほど車を走らせると、厚岸の手前にある「望洋台」に着いた。ここからは厚岸湾を眺めることができるのだ。
今回の厚岸は屯田兵の跡を巡ろうと思っている。厚岸の中核部は2007年の旅で巡り終えているのだ
 →2007年 厚岸観光
厚岸の町に入る手前で国道から左に入り、車を走らせると「太田屯田の赤松」についた。赤松は北海道に珍いもので、屯田兵が出身地の青森から取り寄せて植えたものなのだ。なお太田というのは農事開墾に尽力した太田紋助の名前からとったものである。

ここから少し行くと「太田屯田の桑並木」があった。標識はあるのだが、どれが桑の並木なのかよくわからなかった。養蚕のために桑を植え、一時隆盛したのだが、結局ダメだったらしい。
このすぐ近くに「厚岸町太田屯田開拓記念館」があったので立ち寄った。屯田兵の遺品などが展示されているのだが、屯田兵による開拓の歴史はけっこう悲惨でもあるのだ。
最後に「太田旧屯田兵屋」に行った。兵屋は釧路集治監の囚人によって492棟建てられたのだが、これは最後に残った一棟である。



 別寒辺牛湿原
水鳥観察館への道

国道
44号線に戻って車を走らせると広大な湿原が広がった。これが「別寒辺牛湿原」であった。ラムサール条約登録湿原である。
水鳥観察館の二階にある展望室から湿原を一望できる。すぐそばを鉄道が通っていた。



 霧多布湿原
霧多布湿原


M・Gロード


湿原から
20分ほど車を走らせるとJRの茶内駅があった。釧路と根室のほぼ中間点である。
ここから国道を離れて霧多布岬に向かうと、途中に「霧多布湿原センター」があった。このあたりに広がっているの釧路湿原、サロベツ原野に次ぐ国内三番目の広さを誇るが「霧多布湿原」である。センターの中に入ると、丹頂鶴の親子が展示されていた。ここでも釧路湿原と同じように丹頂鶴が観れるらしい。二階の展望台からは厚岸の半島が台地となって連なっているのが見え、眼下には湿原が広がっていた。
建物から外に出ると「やちぼうず木道」の入口を見つけた。これで湿原散策をすることにした。
さすがに面積3168haの大湿原である。すばらしかった。

霧多布湿原から岬を目指して、真っ直ぐに続く道を走ってゆく。両側は湿原で、池塘が散らばっている。この道は「M・Gロード(湿原の道)」というらしい。




 霧多布岬


岬先端への道


湯沸岬灯台


霧多布の市街を抜けて坂を上がると「霧多布岬展望台」に着いた。ここからは岬の先端まで遊歩道が続いている。左側はすさまじい断崖で絶景なのだが、霧がかかっていた。
道は鮮やかに咲き誇るお花畑の中に続いている。アヤメやニッコウキスゲ…北海道ではエゾカンゾウというのだ…が満開であった。
霧の中を歩いて行くと、灯台が見えてきた。これが「湯沸岬灯台」で、昭和
5年に点灯した灯台である。灯台の先にも遊歩道は続いている。岬はだいぶ狭まって、馬の背のような道をさらに歩いて行くと松浦武四郎の歌碑があった。霧がだいぶ晴れて、岬の先端が見えて、奇岩・断崖が連なり、激しく打ち寄せる波などを眺めることができた。
国道に戻って、30分ほど車を走らせると風蓮湖湖畔にある「道の駅スワン44ねむろ」に着いた。今日はここで車中泊する。


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