北海道の旅 2011年 

根室半島は太平洋とオホーツク海の間に突き出していて、ここでは日本一早い日の出と、日本一遅い桜を見ることができるのだ。
半島の先端、納沙布岬は日本の最東端にあたり、ロシアに不法占拠されている北方領土を間近に見ることができる。北方四島返還を祈願する施設がたくさんある。



 道の駅から西和田へ
風蓮湖


西和田駅

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2011719

道の駅スワン44ねむろで、夜が明けた。目の前に広がる風蓮湖の眺めがすばらしい。風蓮湖は海水と淡水が混じりあう汽水湖で、長い砂洲が海と湖を隔てている。この砂州が春国岱で、この長く伸びる砂州がよく見えた。
道の駅を6時前に出発して落石を目指す。国道44号線から離れて南に向かうとJR西和田駅の前を通った。駅舎は貨車であった。珍しい。
この近くに「和田屯田兵村の被服庫」があるので立ち寄った。屯田兵が入植する前に明治18年に造られたもので、北海道にはあちこちに屯田の跡があるが、被服庫の建物はこれしか残っていないのだ。。



 花咲岬
花咲灯台


展望広場からの眺め


車石


和田屯田兵村から花咲港に向かって車を走らせて行くと、行く手には台地が広がっている。その上に風力発電の風車が立っているのが見えた。
車石園地の駐車場に着いたのは
7時少し前。
駐車場から遊歩道を歩いて行くと、赤と白の花咲灯台が見えてくる。花咲岬全体は台地になっていて、緑の草原に広がっている。この台地は海に向かっては険しい断崖となって落ち込んでいるのだ。

灯台から遊歩道を行くと休憩広場があって、この展望台からは険しい断崖に浪が激しく打ち寄せているのが見えた。
花咲岬での見ものは「車石」である。岩が車輪のように円を描いているのだ。

この岩を見るためには波打ち際につけられた遊歩道を歩かなければいけないのだが、今日は波が高くて、遊歩道は打ち寄せる波でぬれていた。浪しぶきで濡れないように、タイミングを測ってこれを通過。スリルだった。

車石はやっぱりすばらしかった。




 納沙布岬
納沙布岬灯台


北方館、望郷の家


四島のかけはし


ここからはひたすら車を走らせて納沙布岬に向かった。

納沙布岬の駐車場に着いたのは750分である。岬は「望郷の岬公園」になっていて、北方領土に関するいろんな施設があるのだ。
まず、納沙布岬灯台に行った。灯台の入口には「北海道灯台の発祥の地」の標識がたっていた。この灯台が初めて点灯したのは明治5年なのだ。(今の灯台に改築されたのは昭和5年)
灯台から公園に向かって歩いて行くと、まず「北方館 望郷の家」がある。建物が二つ連なっていて、右が北方館、左が望郷の家である。北方館には北方領土の歴史的経緯、望郷の家には戦前の島民の生活資料が展示されているのだ。望郷の家からは納沙布岬灯台が展望できた。
海に沿っていろんな石碑が並んでいるのだが、その中に「寛政の蜂起和人殉難墓碑」があった。ともかく、江戸時代は悪徳商人がアイヌ人からすさまじい搾取を行っていて、アイヌは生きるために蜂起に追い込まれることが多かったのだ。悲惨な歴史である。
この隣にたくさんの石を敷き詰めた一角があった。これは「希望の道」といって、各都道府県産の石なのだ。
最後に大きなアーチ門があった。「四島(しま)のかけはし」である。北方領土返還を祈念するためのシンボルで、高さは13mもあるのだ。
門の向こうには白い塔がそびえている。高さ96mの望郷の塔、通称はオーロラタワーというのだ。まだ8時なので営業していなくて、昇ることはできなかった。




 北方原生花園
北方原生花園入口


草原の中の踏み跡、チャシはどこ?


納沙布岬から根室市街に向かって車を走らせると、この途中に「北方原生花園」があったので寄った。
木道が続いていて、広大な草原にはたくさんの花が咲き誇っている。東屋を過ぎるとミズナラの林の中があった。


原生花園から少し行くと、道の右に「ノツカマフチャシ跡」の標識があったので寄ってみた。
チャシというのはアイヌの砦のようなものなのだが、宗教的な役割もあったらしい。アヤメが咲く草原を行ってみたが、はっきりとした跡を見つけることはできなかった。




 根室市街
金比羅神社


開拓使根室牧畜場跡に立つサイロ


清隆寺


さらに車を走らせて根室市街に入ってゆくが、市街の手前にある金比羅神社に寄った。この神社は高田屋嘉兵衛によって創建されたもので(今の地に移ったのは明治
14年)、境内には嘉兵衛の銅像があるのだ。でも、ずんぐりむっくりした稚拙な銅像であった。
根室市街に入って、明治公園に行った。ここには「開拓使根室牧畜場跡」があるのだ。公園の中を行くと、突然広大な芝生が広がって、そこに三本のサイロが立っていた。イギリス積みのレンガ造りサイロとしては国内最大規模である。
市街を貫く国道42号線を走って、根室市役所を過ぎたところに清隆寺があった。根室は日本の桜前線の終着点なのだが、その開花はこの寺のチシマザクラによって行われるのだ。境内の桜は明治初年に国後島から移植されたものである。
根室市街から国道を走ってゆくと「北海道立北方四島交流センター」があった。北方四島に居住するロシア人達との交流拠点らしいのだが、北方四島は終戦のどさくさにロシアが不法に占拠したものだから、ロシアにおもねるような施設はけっこう腹立たしいのだ。


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