北海道の旅 2011年 

釧路市内には啄木の歌碑が全部で25基もあって、これは全国最多なのだ。ところが啄木が釧路に滞在したのはわずか76日間である。
釧路市がこんなにもてはやす啄木だが、あちこちにオンナはつくる、妻子に金を送ることなく料亭遊びはする、その借金は踏み倒す、仕事は長続きしない…どうしようもないダメ男なのだ。
…と毒づきながらも、啄木の歌碑めぐりをしてしまった。


 啄木のことと米町公園

米町公園


啄木の歌碑

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2011718

ようやく天気が回復したので、今日は釧路市内の観光からはじめることにした。
釧路市内には石川啄木のゆかりの施設が多いのだ。そして、あちこちに啄木の歌碑がたっている。私は釧路に3年間、住んでいたのだが、啄木の跡を巡ったことはなかった。
今日はこの石川啄木めぐりをしようと思う。
釧路市は啄木を観光の目玉にしようとしているのだが、啄木が釧路に滞在したのはわずか76日間なのだ。
それに啄木というのはとんでもないダメ男で、妻子は小樽に置き去りにして、北海道を転々とするなかで女遊びを繰り返すのだ。借金を踏み倒すのはあたりまえで、仕事も長続きしない。釧路には釧路新聞社の記者として雇われてやってきたのだが、3ヶ月も勤めずに釧路から去ってゆくのだ。

私は啄木の歌碑を尋ねるための地図を持っている。釧路市観光協会が発行する「釧路ガイドマップ」に登載されているのだが、釧路市内には全部で26基の啄木の歌碑があるようで、この地図では番号がふられている。このすべてを回りたい。
車を走らせて、まず米町公園に着いた。
ここは釧路市の南、釧路川を渡った先の高台にある。ここには灯台を模した展望台があって、釧路市街を見下ろすことができる。公園内には12番の歌碑があった。
この公園に隣接して釧路厳島神社があるのでお参りした。この境内には護国神社もあった。



 港文館
港文館

車で引き返して、港文館に行った。この近くにはかって、啄木が勤めた釧路新聞社があったのだ。すぐ前に釧路川が流れていて、そこに啄木の銅像が立っていた。
港文館はかっての釧路新聞社の社屋を復元したもので、啄木資料室である。まだ7時半なので、中に入ることはできなかった。
この先は、車をここに置いて、自転車で釧路市内を巡ることにした。




 啄木ゆめ公園から佐野碑公園へ
啄木ゆめ公園

港文館から南大通に出ると、そこに2番の歌碑があった。
ここからは真っ直ぐに自転車を走らせて、「啄木ゆめ公園」に行った。ここに9番の歌碑があった。
次に立ち寄ったのは佐野碑園。ここは江戸時代にアイヌとの交易を行った「久寿里会所」があったのだ。園内にはさまざまな記念碑があって、その中に啄木の歌碑もあったのだが、これを見逃してしまった。
佐野碑園から少し行くと、交叉点に小さな公園があって、そこに20番の歌碑であった。




 米町の歌碑
本行寺


釧路埼灯台


20番歌碑から南に少し行くと、道端に
19番の歌碑があった。このすぐ傍にある本行寺の門の横に18番の歌碑が立っていた。
本行寺はコンクリート造りのがっしりした寺院である。石段を上って本堂の前まで行ってみた。ここには啄木資料室があるらしいのだが、まだ
815分なので開いていなかった。啄木は明治4133日に開かれた本行寺の歌留多会に出かけたらしい。寺の娘の小菅まさゑに誘われたのだそうだ。啄木は本当に女にだらしがない。
お寺から少し行って左に折れ、17番の歌碑に着いた。
ここから路地を何度か曲がって、線路の踏み切りに着く。踏み切りの前に15番の歌碑があった。
ここから、やってきた方向に引き返すと定光寺があって、この寺の道路を挟んだ向かいに14番の歌碑があった。
定光寺の角を左に曲がって、真っ直ぐに行くと釧路埼灯台に着いた。明治
24年に点灯した灯台である。




 しゃも寅周辺

しゃも寅の井戸


舟見坂からは船が見えた


小奴の碑 3番歌碑

米町本通を自転車で走って行くと、米町公園のすぐ先に、右に入る細い道があった。この入口には「武富小路」という石標があった。この道を緩やかに下ると、道端に24番の歌碑があった。
ここから右に少し行ってすぐに左折すると「しゃも寅の跡」。しゃも寅というのは釧路の料亭である。啄木は妻子にお金を送ることなく、こんな料亭通いをしていたのだ。しかも、料亭通いのあげく、借金を踏み倒して釧路を出るのだ。とんでもない男である。
しゃも寅の石標は22番の歌碑であった。
ここから右の道に入ると「しゃも寅の井戸」があって、この前に21番の歌碑がたっていた。
道を引き返すと展望テラスのようなところに着いて、そこには23番の歌碑があった。ここからは米町の家並みを眺めることができた。
ここから細い舟見坂を下って、南大通に出る。そこには10番の歌碑があった。
南大通を北に向かい、啄木ゆめ公園を過ぎると朝日生命の店舗があって、そこに小奴の碑があった。これが3番の歌碑であった。3つの歌が刻まれていた。
小奴というのは釧路の芸者で啄木の愛人だったらしい。啄木って本当にどうしようもない女タラシだ。


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