中津の町は福沢諭吉が少年時代をすごした町である。黒田氏以来の寺町の佇まいもすばらしい。

JR中津駅→筑紫亭→宝蓮院→魚町の蛭子宮→松巌寺→合元寺→大宝寺→円応寺(河童の墓)→円龍寺(閻魔堂)→福沢諭吉旧宅→和田公園→日霊神社→武家屋敷跡→八幡古表神社→道の駅しんよしとみ→大ノ瀬官衙跡


 中津駅から寺町通り


JR中津駅


合元寺

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2011年10月1日

アーケード商店街を通って、中津駅に着いた。駅前には福沢諭吉の銅像がたっていた。

駅から西に向かうと筑紫亭という料亭がある。明治34年創業で建物は国登録の有形文化財なのだ。庭だけを覗かせてもらった。
ここから少し行くと寺町である。
まず宝蓮院があって、鐘楼門が特徴的である。この門の前に小さなお堂があるのだが、「魚町の蛭子宮」であった。小さなお堂なのだが、商売繁盛の神様として信仰を集めているらしい。
それにしても寺町の佇まいはすばらしい。きれいな石畳の道で、両側には白壁塀が続いているのだ。
松巌寺の山門をくぐると中には美しい砂の庭。
赤い築地塀の合元寺、鬼子母神の石像が立つ大法寺。白壁がきれいな円応寺には河童の墓があった。閻魔さんのお寺という円龍寺には閻魔堂があって、中にはりっぱな閻魔像が祀られていた。




 福沢諭吉旧宅周辺へ


福沢諭吉旧宅


和田公園


寺町通りの突き当たりに福沢諭吉旧居があった。諭吉は大阪の中津藩屋敷で生まれたのだが、父が亡くなっため
1歳のとき中津に帰ってきたのだ。今ある建物は16歳のときに移り住んだ住居である。諭吉は19歳で長崎へ留学するまでここに住んでいたのである。この旧宅に隣接して住宅基礎石を整備した公園がある。これが大阪から移ってきて最初に住んだ宅跡なのだ。ここには福沢諭吉のことば「人事忙中有静閑」の石碑がたっていた。
旧居からすこし西に行くと和田公園があって、そこに大きな記念碑が立っていた。和田豊治という人のものなのだが、私はまったく聞いたことがない人である。でも、大実業家であったらしい。
中津城駐車場に向かって自転車を走らせると、大きな銀杏の木がそびえていた。日霊神社の巨木であった。
このすぐ傍には武家屋敷跡があって、建物の基礎石が整備残されていた。
これで中津の観光は終えた。




 中津の西郊外


八幡古表神社社殿


道の駅の隣に官衙遺跡があった


明日は宇佐神宮を参拝するつもりなので、この近くにある道の駅に泊まる。少し西に引き返さなければいけないのだが、山国川を西に渡ったところに「八幡古表宮」があるので参拝に寄った。中津川を渡る橋の上からは中津城を見ることができた。
八幡古表神社に参拝してから「道の駅しんよしとみ」に着いたのだが、隣接して「大ノ瀬官衙遺跡」があった。
広大な芝生が広がっているだけで、そこに官衙の模型がぽつんと置かれていた。また、大きなコスモス畑もあって、これがすごくきれいであった。



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