日本全国の登山旅行をするなかで、古い家並みを見ることがある。私はこういう家並みが大好きなのだが、それは「伝統的建築物群保存地区」に指定されていることが多いのだ。この丹波篠山の家並みもそうである。
こういう家並みは、雰囲気を味わいながらゆっくり散策するのがいい。



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2009年5月25日

今日はもう登山はできないので、篠山市街に向かって車を走らせる。市街を抜けようとするところで、「篠山伝統的建造物群保存地区」の標識があった。河原町妻入商家群で、せっかくなので観光することにした。

今日はもう、登山はできないので、篠山市街に向かって車を走らせる。市街を抜けようとするところで、「篠山伝統的建造物群保存地区」の標識があった。河原町妻入商家群で、せっかくなので観光することにした。
まず目についたのが園篠線発祥の地という石碑である。これはJR福知山線の篠山口駅と山陰本線の園部とを結ぶバス路線のことなのだ。昭和9〜24年の省営バス、24年から62年の国鉄バス、そして平成14年までのJRバス、それぞれのマークがおもしろい。
河原町切り妻商家群の町並みに入ると、まず西坂家住宅があった。元は綿花栽培、醤油屋を営んでいて、屋号は「綿屋」という。江戸時代の家屋である。白壁のりっぱな門構えの建物があった。丹波古陶館である。丹波で焼かれる陶器、丹波焼きは平安末期に窯の煙をあげたというから800年もの歴史を持つのだ。ここでは丹波の名陶を展示しているのだが、残念ながら私は陶器のすばらしさというのはよくわからないのだ。古い町並みを歩いて行くと。道ばたに平尾竹霞と刻まれた石碑があった。この人ダレ?と思ってし、あうのだが、安政3年(1856)にこの地に生まれ、後に南画家として名をはせた人なのだ。特に「嵐峡十二景」は皇室献上の栄誉に浴したというのだが、私はまったく知らない。
路地の奥に真福寺と思われるお寺を見たところで引き返した。足下を見たら、すごく凝ったマンホールのふたがあった。さすがに、重要伝統的建築物群保存地区はちがうと感心してしまった。


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河原町を行く


丹波古陶館


観音寺が見えたところで引き返した





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