中津城は黒田官兵衛(如水)が豊臣秀吉の命で九州を平定して、12万2000石を拝領して、この地に築いたものである。
別名「扇城」ともいう。城の濠には水門から海水が入り、高松城・今治城とともに日本三大水城に数えられているのだ。
黒田家の後、細川家・小笠原家が領主となったが、享保2年(1717)から幕末までは奥平家が城主であった。
城は西南の役で焼失してしまったが、昭和39年に鉄筋コンクリートで再建された。


 中津城の神社


道の駅豊前おこしかけ


中津城の駐車場


鉄御門跡にたつ金比羅宮


2011
101

昨日、フェリーで新門司港に着いたのだが、小雨だったのでほとんど一日、マクドですごしてしまった。
早朝、「道の駅豊前おこしかけ」から車を走らせて中津のマクドまで行って時間をつぶした。
行動開始は9時。まず中津城に行くと、ここには広い駐車場があった。中津の散策は、ここに車を置いて自転車でめぐることにした。
まず、中津城の中を歩いて散策した。
広い駐車場を囲むようにしてたくさんの神社がある。まず神社の参拝をした。
最初に一番近い中津神社にお参りした。ここには松の御殿があったのだが西南の役で消失、その跡へこの神社がたてられたらしい。西南の役の記念碑もあった。

さらに、お城に向かう石段の隣にも神社があった。城の中には神社がいっぱいなのだ。
城井神社と扇城神社があった。鉄御門跡という標識もあって、そこには金比羅宮の社がたっていた。

少し引き返して、立派な神社の前に出る。天照大神を祀る中津大神宮なのだ。
この参道を駐車場側に引き返すと大きな石柱が目に入る。これは中津出身の福沢諭吉の言葉、「自立自尊」を刻んだものなのだ。





 中津城天守へ


中津城の石垣


中津城のお濠


奥平神社


自立自尊の碑からもう一度引き返してお城に向かうと噴水のある池があった。三齋池というのだ。三斎というのは細川忠興の号で、この中津城を居城にしていたのだ。
池を巡ってお城に向かってゆくと、立派な石垣が残っている。天守は後にして、この石垣から外に出てみた。白壁の郭があって、その向こうに天守閣が見えた。黒壁の立派なお城である、でも、この城は再建されたものなのだ。
天守を眺めながら歩いてゆくとお堀があって、ここから眺める天守閣はすばらしかった。引き返そうと思ったら、黒田石垣という案内標識があった。関ヶ原までは黒田如水がこの中津城にいたのだが、その後に入城したのが細川三斎なのだ。この黒田が築いた石垣と細川が築いた石を並んで見ることができる。私には黒田のほうがきちんとしているように見えた。
引き返して、石段を上って天守を目指す。ここにも神社があった。奥平神社であった。細川の後にこの城に入ったのが小笠原家だが、この期間は短くて、このあとが奥平家で、これが明治維新まで続くのだ。神社の本殿は新しいもので、その右奥に天守閣がそびえていた。天守閣は再建されたものなので、中に入ることはなくて、写真だけ撮って引き返した。
車に引き返して、自転車をセットした。


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