北海道の旅 2011年 

函館山の山麓には函館公園があって、ここには博物館や図書館がある。そして明治からの建物やいろんな記念のオブジェがあるのだ。公園内は時間をかけて散策する価値が充分ある。
函館は文学の街でもあって、石川啄木の住居跡や亀井勝一郎の文学碑があった。
とてつもなく広い道「護国神社坂」を下ったところには高田屋嘉兵衛の銅像とその住居跡の碑。函館は散策するたびに新しい発見があるのだ。



 函館八幡宮


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2011年7月30日

自転車を走らせて街の中に入ってゆくと、左に大きな鳥居があった。これは函館八幡宮である。せっかくなので参拝してゆくことにした。
長い石段を上ると、立派な社殿がたっていた。この神社は何度も火事に遭っていて、その度に移転を繰り返したらしい。今の社殿は大正4年(1915)のものである。この神社に火除けの御利益はないらしい。
神社の境内には「勾玉の池」があって、ここがエゾヒキガエルの生息地ということであった。この蛙は、函館山の山麓にしか生息しないという貴重種なのだそうだ。





 函館公園
市立博物館の裏に着いた


旧函館博物館二号


旧函館博物館1号


八幡宮から引き返して、少し自転車を走らせると函館公園で、この中に「函館博物館」がある。車道から公園に入ると、そこは市立博物館の裏手で、建物に沿って歩いてゆくと、西洋の墓石のような碑があった。「ハーバー遭難記念碑」であった。彼はドイツの代弁領事なのだが、秋田藩士によって斬殺されたのだ。幕末の攘夷盛んなときではなく、明治7年の事件ということに驚いてしまう。
このすぐそばにはレンガ積みのマンホールが残っていた。そしてこの隣には虫塚。なにかしら、いろんな祈念のモニュメントがある。いろいろ寄り道したあげく、ようやく市立博物館の正面に着いた。もちろん見学して行く。ちょうど、国宝中空土偶展をしていた。驚いたことに、日本最古の展示ケースもあった。
博物館のすぐそばには白い平屋の洋館があった。旧函館博物館二号であった。一号もあるのか…と思ったが、先に市立図書館に向かった。函館図書館の歴史は古くて、明治39年に商人の岡田健蔵の個人図書室に始まるのだ。今、私が見ているのは昭和2年に竣工したものである。鉄筋コンクリートの堂々とした建物である。
来た道を引き返してゆくと「旧函館博物館1号」があった。

中央広場に向かう途中で鶴亀の水飲み場を見つけた。明治末期のものであった。
中央に噴水がある大きな広場に出ると、函館山をすぐ間近にみることができた。市民がてんでに憩んでいて、なにかしらのどかである。





 啄木住居・亀井勝一郎文学碑・高田屋嘉兵衛
石川啄木旧宅跡


亀井勝一郎の文学碑


高田屋嘉兵衛の銅像


函館公園から「啄木通り」と称される道を行くと、啄木の住居跡があった。住宅地の中の小さな空き地にすぎないのだが…。啄木は故郷渋民村で一家離散となってしまったのだが、この函館で家族が再び集うことができたのだ。でも、函館の大火に遭い、わずか4ヶ月で函館を離れることになる。
このすぐ先の交差点に亀井勝一郎の文学碑の広場があった。
 人生 邂逅し 開眼し 瞑目す
と記されていた。
ここから少し行くと、とてつもなく広い道に出る。護国神社坂で、坂の下のには銅像が立っているのが見える。坂を下って、銅像を見上げると、高田屋嘉兵衛であった。ここには「日露友好の碑」もあった。銅像から少し下ったところには高田屋屋敷跡の碑もあった。


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