関東の旅

香取神宮は下総国の一宮で、祭神のフツヌシノオオカミは出雲の大国主に国譲りの交渉をした神である。この神社の境内には、鹿島神宮と同じく「要石」がある。地震を引き起こす大鯰の頭を押さえ込んでいる石である。
また、日本最古の剣の流儀「香取神道流」を開いた飯篠長威斎の墓もあった。


 護国神社と要石へ
JR香取駅


山道を上って護国神社に着く


護国神社

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2011年6月6日

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28番札所の龍正院に向かう。犬吠崎から利根川に沿って西に車を走らせると、途中に香取神宮があるのでお参りしてゆくことにした。
まず、JR香取駅に着いた。ここから神宮まではちょっと距離があるので、神社前の無料駐車所まで走ってしまった。駐車場の出口には「歓迎香取神社」のゲートがあって、お土産屋さんが並ぶ参道を行くと、すぐに赤い鳥居が見えてきた。
昔は「神宮」という呼称が使える神社は伊勢神宮、鹿島神宮、そしてこの香取神宮だけだったらしくて、すごく格式の高い神社なのだ。ちなみに香取神宮は下総国の一宮である。
祭神は「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」で、日本書紀の出雲神話に登場する神である。経津主大神は鹿島神宮のタケミカヅチの神とともに出雲に赴いて、大国主を脅迫して出雲の国を強奪してしまうのだ。私は出雲が好きなので、こいつらはヤクザかと思ってしまうのだが…。
大鳥居からは鬱蒼とした杜の中の参道が続いている。香取神宮の杜は千葉県指定の天然記念物である。すぐに、参道の左に護国神社の上り口がある。石の鳥居をくぐって進むと木の根が張り出す急な山になって、最後に急な石段を上ると木の鳥居に着く。この先が平坦な境内になっていた。広場の奥に護国神社の社があるのだが、この横に玉垣に囲まれた「要石」があった。鹿島神宮の要石と同じで、地震を起こす大鯰の頭を抑えているのがこの石なのだ。東日本大大震災があったばかりなので、丁寧にお参りした。



 本殿を参拝
神社の総門


楼門をくぐって本殿へ


参道に戻って本殿を目指す。参道にはたくさんの石灯篭が並んでいるのだが、その中のいくつかは地震で倒れてしまっていた。

参道が左に折れると大きな石の鳥居があって、その先に鮮やかな朱の総門があった。この総門をくぐった先で鍵型に曲がると楼門に着く。門の両側に神像が安置された随身門である。
本殿の境内にはいると、正面に拝殿があって、その前には茅の輪が置かれていた。作法どおりくぐって、拝殿の前に立った。さすがに朱塗りではなくて落ち着いた感じである。手を合わせた後で、拝殿の後ろの本殿を見に行った。けっこう凝った造りの彫刻が施され彩色されていた。
参拝を終えたので境内を散策。境内には樹齢千余年という御神木がそびえていた。
楼門を出て、参道を引き返した。神池を見て、それから奥宮に向かった。



 剣聖飯篠長威斎と奥宮
奥宮の入口


奥宮社殿


鬱蒼とした樹林の中を緩やかに上って行くと、奥宮の標識があった。でも、この手前左に剣聖飯篠長威斎之墓という標識を見つけた。お参りしてゆくことにした。飯篠長威斎が開いたのが香取神道流で、我が国最古の剣の流儀の始祖なのだ。塚原卜伝は香取神道流を修めたあと、さらに工夫を加えて鹿島新当流を起こしたのである。手を合わせた。

このすぐ先に短い石段があって、これを上ると奥宮である。ここに経津主大神の荒御霊が祭られているのだ。鬱蒼とした杉木立の中に小さな社があった。この社は伊勢神宮遷宮のときの古材を用いて建てられたものらしい。
これで香取神宮の参拝を終えて、佐原に向かった。
佐原駅前の駐車場に車を停めて泊まった。


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