関東の旅

馬車道(日本写真の開祖の碑→神奈川県歴史資料博物館)→日本郵船歴史博物館→横浜開港記念博物館→神奈川県庁→横浜開港資料館→開港広場(日米和親条約調印の碑→英一番館跡)

今日は横浜の二日目、維新文明開化の面影を残す街並みを散策した。馬車道はかって外国人居留地を往来するために造られ、その名の通りの馬車が往来した道である。この途中には神奈川県歴史資料博物館があって、その重厚な造りの圧倒された。開港広場には私がみたかった日米和親条約調印の記念碑があった。横浜は本当に文明開化の史跡がいっぱいの街だと思った。


 馬車道
馬車道入口の碑


馬車道


馬車道にあった大砲

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200899

今日はJRの関内駅北口から歩き始める。「馬車道」を北に向かって歩いて行くのだ。
変な名前だと思ったのだが、横浜が開港して間もない慶応3年(1867)に、外国人居留地へ往来する馬車が通れるように改修した道なのである。日本初の近代的商店街だった通りである。
馬車道の入り口にはゲートがあって、そこにガス灯がつけられている。街路灯もレトロな感じで統一されていて、よく見たら馬車道のマークがつけられている。歩行者道は広くて、街路樹もきれいだ。
道には彫刻も多くて、私は街の彫刻が好きなので楽しくなってしまった。

横浜開港の歴史をもつ道なので、歩いて行くと、けっこう記念碑が目につくのだ。まず、日本写真の開祖、写真技師・下岡蓮杖の顕彰碑があった。
このすぐ先に、重厚な造りの「神奈川県立歴史博物館」がある。明治37年(1904)に横浜正金銀行本店として建てられたもので、重要文化財に指定されているのだ。この建物を一周したら、博物館の入り口は裏にあることがわかった。まだ早朝なので、当然中に入ることはできない。
ここで国道
133号線にぶつかるのだが、鋭角に交わる交差点には銀行の古い建物があった。
もう一度馬車道に戻って広い国道を渡ると、馬車道から万国橋通りという名前に変わるのだ
。この道を真っ直ぐに行くと万国橋を渡って、昨日散策した新港に至るのだ。ランドマークタワービルがそびえているのが見える。でも、私は途中で右折する。



 海岸通り
万国橋通り


クィーン塔

右折して、「日本郵船博物館」をめざす。このT字路の左にたつのが横浜第二合同庁舎で、この建物も古いものである。垂直の赤い柱がアクセントになっている。
東に向かって歩いて行くとすぐに日本郵船博物館に着く。日本郵船というのは明治以来、日本の海運をささえてきた会社である。
クィーンタワーを見上げてから右折して、横浜開港記念会館に向かった。赤煉瓦の尖塔がそびえ立っている。「ジャックの塔」と呼ばれる時計塔である。この赤煉瓦の建物は、大正6年(1917)に横浜開港50年記念として市民の寄付で建築されたのだという。中も見学できるのだが、まだ6時半なので当然閉館中である。それにしても美しい建物で、何枚も写真を撮ってしまった。
ここから北に歩いて行くと、神奈川県庁がある。裏から見ているのだが、これもかなり古い建物である。



 開港広場
日本大通り


旧居留地90番地大砲


本町通りと日本大通りの交差点に横浜港郵便局がある。この郵便局の壁面には「外国郵便創業の局」というパネルが埋め込まれていた。明治
815日のことらしい。
少し行くと横浜開港資料館がある。もちろんまだ開いていなくて、門の前から写真を撮るしかできなかった。この先に小さな公園があった。開港広場といって、ここには「日米和親条約調印の地」の記念碑があるのだ。

この広場には「史跡 英一番館跡」がある。裸婦の銅像がたっていた。
山下公園通りを東に向かう。左は昨日散策した山下公園である。のんびり歩いて行って、横浜人形の家に着いた。


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