私は司馬遼太郎の小説が好きで、今日これから観光しようとしている鹿児島は、「翔ぶが如く」の舞台である。
鹿児島の街を巡ると、明治維新のことをしきりに考えさせられた。


西郷南洲翁宅地跡→照国神社→鹿児島近代文学館→私学校跡→鶴丸城跡→薩摩義士碑→西郷隆盛終焉の地碑→城山→西郷南洲公園


 加治屋町
南洲橋


西郷従道邸庭園庭石


大久保利通生い立ちの地碑


高見橋の婦人像


ザビエルの銅像

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2005年214

まず駅の真ん前の道を真っ直ぐに行って、西郷南洲翁の宅地跡に行った。公園の入り口に石碑がたっていた。
ここから南洲橋を渡って「加治屋町」に入る。
この加治屋町は西郷隆盛とか大久保利通が棲んでいたところで、ここからはその他に多くの維新の英傑が輩出している。
まず西郷隆盛の生誕の地に行った。大きな石碑が立っていた。西郷隆盛というのは西南戦争で、時の政府に対して反逆したわけだが、どうしてこんなに人気があるんだろう。
西郷隆盛生誕地のすぐそばには西郷従道邸庭園庭石もあった。
維新ふるさと館に入った。1日乗車券を持っているおかげて、割引料金になる。中に入ったら、案内嬢から、今ショーが始まったばかりといわれたので、急いで地下のホールに入った。中は真っ暗で、コンパニオンがライトで照らして席に案内してくれた。ここのコンパニオンたちは、異様に親切である。
ここで上映されたのは、明治維新にいたるまでのお話で、それを西郷隆盛・大久保利通・村田新八・勝海舟・坂本竜馬などのロボットが語ってくれるのだ。
維新において薩摩が果たした役割がよくわかる。
その他、ここでは「郷中」教育について学んだ。薩摩隼人を造り上げたのは「郷中」という組織である。さきほどの維新の英傑が多く輩出された加治屋町にも郷中があって、そこのリーダーをしていたのが西郷隆盛なのだ。西郷がそこで後輩の育成に努め、大山巌・山本権兵衛・東郷平八郎などが現れる。
このふるさと館を出て、川沿いに少し行くと大久保利通の生い立ちの地がある。ここにも石碑が立っているが、さらに歩いて大通りに出ると、その向こうに、高く大久保利通の銅像が立っていた。
左が高見橋でその欄干には銅像が置かれている。

日本髪の婦人の銅像と、反対側には子供たちの群像がある。こっちは兵子なんだろうと思うのだが、婦人の像はいったいなんなのだろう。
ここから大通りを歩いてザビエル記念碑まで行った。
これも公園の一角に建っている。ここには布教活動をするザビエルの銅像もたっていた。
ここから昼食をとるために「熊襲亭」にいった。ガイドブックに鹿児島の郷土料理をコースで食べられるとい紹介されていたのだ。
この店はかなり有名らしくて、客は多かった。
私は「熊コース」を頼んだのだが、けっこううまかった。1850円だった。



 私学校と鶴丸城へ
照国神社


西郷隆盛の銅像


私学校の跡


鶴丸城入口


お腹もいっぱいになって、次に向かったのが照国神社。この神社は島津斉彬を奉っているのだ。島津斉彬の高くそびえる銅像を眺めた。
さらに歩いて西郷隆盛銅像前につく。
この西郷は軍服を着ているのだ。西郷隆盛の銅像というと、上野の西郷さんになってしまうのだが、上野の西郷さんは着物で犬を連れている。
私は鹿児島市立美術館に寄りたかったのだが、今日は月曜日で休みなのだ。公共団体の施設は月曜が休みというのが多いのだ。
鹿児島近代文学館に行った。ここは開館していた。
鹿児島ゆかりの文学者6人、海音寺潮五郎・林芙美子・向田邦子・椋鳩十・梅崎春生・島尾敏雄である。前の3人はわかるのだが、後の3人はよくわからない。
ここの展示は左にブースがあって、そこでスライドを使った説明があるのだ。そして通路を挟んだ向かいにその作家の資料が展示されている。
この6人全てについて説明を聞いてしまった。かなり勉強になった。
次に行ったのが「鶴丸城」なのだが、そのまえに「私学校跡」に行った。
この私学校は西南戦争で、政府に反旗を翻す薩摩士族の中核となった組織である。
この私学校の石垣には、西南戦争の弾痕が今も残っているのである。
これを見てから鶴丸城に入った。
これが薩摩藩の城ということになるのだが、天守閣などのおおげさなものが一切ない。不思議な城である。武田信玄のように、人をして石垣とするという考え方によるものらしい。



 西郷隆盛終焉の地を訪ねる
義士碑


西郷隆盛終焉の地の碑


南洲公園の西南戦争戦没者墓


南洲公園にある神社


南洲公園から望む桜島


鶴丸城を出たところに義士碑がある。
石碑が山のように重ねられているのだが、これは薩摩藩が幕府の命で木曽川の開削事業を行ったときに犠牲になった藩士を奉ったものなのだ。
ここで城山に向かうバスを待つ。
ガイドブックをみると、この近くに「西郷隆盛終焉の地」がある。行ってみたいがバスに乗るためには時間がない。
バスは30分毎に来るのだが、時間がもったいない。
そこで、城山までバスで行って、そこから遊歩道を歩いてここまで戻り、そして西郷隆盛終焉の地を見に行くことにした。ともかく時間は30分しかない。
バスで城山に登る。さすがにここからの桜島の眺めは最高である。
写真を何枚も撮って、それから遊歩道を急いで下った。
義士碑前から信号を渡ると、そこにも義士碑前のバス停がある。城山から下ってきたバスはこっちに停まるのだ。
このバス停を確認して、走って終焉の地に向かった。
少しわかりにくかったが、なんとか探し出した。大きな石碑が立っていた。
予定どおり、30分以内にこれらを済ませて、バスに乗って「西郷南洲公園」に向かう。
ここには西南戦争で死んだ西郷軍の戦死者の墓があるのだ。
石段を登ると真っ正面に西郷隆盛の墓があって、その左には桐野利明、左には村田新八などの墓が並んでいた。
ここには西郷南洲顕彰館もあるのだが、今日、月曜日は休館日なのだ。
バス停に戻ってきたら薄暗くなっていた。
待っているバスは、最終便である。
本当に1日かかってしまった。
仙巌園に帰ってきた。置き去りにした自分の車がどうなっているか、ちょっと心配だったが、無事、朝のままあった。よかった。
明日の天気は雨である。
困った。途中マクドによって、この記録の入力をして、これからの行動計画を練り直した。
今月は28日までしかなくて、手続きをしていたパスポートを受け取るためには、遅くとも28日には仙台に帰っていなければいけない。できたら25日には帰りたいが、そうすると山を登っているのは22日くらいまでである。あと1週間しかないということである。
でも天気はいかんともしがたいので、明日はマクドや温泉でのんびりするしかないとも思った。
とりあえず、次の登山予定の烏帽子岳の登山口に向かって走って行くと、お風呂の看板を見つけた。
ここに11時半までいた。

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