北海道の旅 2011年 

昨日、知床を観光して、今日からはいよいよオホーツク海に沿って走ってゆく。海岸線には原生花園がたくさんあるのだが、この一つ一つを訪れようと思っている。
まず小清水原生花園である。濤沸湖と海に挟まれていて、北浜まで8kmにわたって続く長大な花園なのだ。
オホーツクに沿って車を走らせて、網走に着く。網走といったら刑務所だろう…と真っ先に見学に行った。


 小清水原生花園
原生花園駅


遊歩道から見るオホーツク海




鳴り砂浜

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2011721

道の駅小清水の泊まったのだが、この建物はJRの浜小清水駅でもあるのだ。早朝なのでホームに入ってみたら、隣の駅が原生花園駅ということがわかった。
道の駅を6時過ぎに出発して、原生花園駅に着いたのは6時半頃。この駅に接続して「小清水原生花園」が広がっている。この駅は5月から10月までの原生花園に花が咲く期間だけ営業する臨時駅なのだ。
小清水原生花園は濤沸湖とオホーツク海に挟まれた約8kmの細長い砂丘に広がっているのだ。
JRの線路渡ると、かわいらしい駅舎の前に着く。ここからしっかりとした遊歩道が丘に向かって伸びている。これを上って行くと広場があって、昭和天皇御製の歌碑があった。
 みつうみの おもてにうつりて をくさはむ
 牛のすかたの うこくこともなし

ここには天皇御一家が入れ替わり訪れているのだった。
少し上ると天覧ヶ丘展望台に着いた。ここからは濤沸湖が細長く広がっているのが見え、振り返るとオホーツクの海がどこまでも広がっていた。

ここからは色とりどりの花が咲き誇る中を緩やかに下って行く。ともかく花がきれいである。
下って行くと広場に着いた。そこには手押しポンプがあったが、「飲み水ではありません」と書かれていた。
遊歩道が砂浜に下り着くと、「日本最北
鳴り砂浜」の標識がたっていた。砂の上を歩くとキュッと鳴るのだという。歩いてみたが鳴らなかった。


 原生花園で見た花

 釧網線の駅
北浜駅


藻琴駅


国道を走って行くと、北浜駅があった。オホーツクに一番近い駅として有名で、網走番外地第一作など、映画のロケ地として何度か使われているのだ。
レトロな木造駅舎で、待合室に入ると名刺や切符などが天井・壁一面に貼り付けられたいた。旧広尾線の幸福の駅みたいだ。待合室に隣接して軽食の「停車場」もあった。

北浜駅の隣が藻琴駅である。
この駅も、木造のレトロな雰囲気いっぱいの駅舎で、小さな校舎のようでもある。
駅務室には「喫茶店トロッコ」があって、ここが駅を運営しているのだ。釧網線にはこうしたレトロな雰囲気いっぱいの駅舎が多いのである。




 網走刑務所
橋を渡ると赤レンガの長い塀




刑務所の正門


車を走らせて網走の街の中に入った。

今回は網走刑務所を訪れた。網走には観光用に「博物館網走監獄」があって、広い敷地に明治以来の建物が移築・復元されている。でも、私が行ったのは、今も使われている本当の刑務所である。
網走川にかかる鏡橋を渡ると網走刑務所である。この川沿いには遊歩道が設けられていて、その入口は「ニポポ人形」の門であった。ニポポ人形は網走刑務所の受刑者によって試作、販売されたものである。人形には耳、手、足がないのだが、これは受刑者の「二度と悪いことに耳をかさない、手を出さない、足を踏み入れない」という願い込めているからなのだ。
橋を渡ると、赤煉瓦の長い塀が続いている。この長い塀に沿って歩いて行くと正門の前に着いた。

網走刑務所は1890年に釧路集治監から囚人を大移動させて開設した。これは中央道路の開削工事をするための措置で、囚人達にすさまじく過酷な労働を強いて、死者200名以上を出したのだ。おかげで網走から北見峠までの160kmをわずか1年で開通させることができたのだが、悲惨な歴史である。なお、現在の網走刑務所は鉄筋コンクリートで暖房完備である。




 道立北方民族博物館
北方民族博物館


館内の展示


天都山にある「北海道立北方民族博物館」に向かった。
1991年に開館した国内唯一の北方圏に特化した博物館なのだ。開館は9時半なのだが、ちょうどこの時間に着くことができた。1時間ほどかけてゆっくり見学した。
見学を終えて、駐車場に向かって歩いて行くと、花壇の花がすごくきれいなことに気がついた。


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