四国はお遍路の国である。黒潮の洗う太平洋、風光うららかな瀬戸内海、中央山地には石鎚・剣山などの高山がそびえる。



大恪総ロ美術館
システィーナ礼拝堂


2007年11月24日の旅
大恪総ロ美術館
この美術館はすばらしい。私は一人でも多くの人がこの美術館を訪れて欲しいと思う。ただし、せっかく行くのだったら時間をたっぷりととって欲しい。私の場合は、朝の開館と同時に入館したが、閉館時間までいて、まだ足りなかった。

システィーナ礼拝堂→エル・グレコの部屋→古代の壁画

小豆島観光
小豆島の登山を終えたので、翌日を観光にあてた。オリーブ園や醤油蔵、そして二十四の瞳にかかわる観光などすごく楽しい一日であった。
オリーブ公園→醤の郷→岬の分教場→二十四の瞳映画村→豆腐石→八人石→南風台→誓願寺→大阪城残石公園→銚子渓→土渕海峡→平和の群像

  寒霞渓を行く

寒霞渓は本当にきれいだった。紅葉真っ盛りの時期で、その鮮やかな紅葉と奇峰・奇岩がすばらしいのだ。

紅雲亭→錦屏風→四望頂→たかとり展望台→山頂広場→山頂広場→星ヶ城山→山頂広場→松茸岩・鹿岩→石門洞→幟岩→螺貝岩→猪谷→目洗い不動→紅雲亭

二重うだつの町 貞光

「うだつ」というのは元々は防火壁として造られたものなのだが、裕福な家は競ってこのうだつをあげた立派な家を建てたのだ。「うだつが上がる」という語源である。貞光のうだつは特に「二重うだつ」というもので、段になった防火壁に立派な瓦の屋根がつけられているのだ。正面には家ごとに違う美しい絵模様も施されている。

祖谷渓 かずら橋

四国の深山には平家落人伝説がたくさんあって、このかずら橋のすぐそばにあるびわの滝は平家落人が都をしのんで琵琶を奏でたというのだ。かずら橋はその名の通り、シラクチカズラでつくられた吊り橋である。源氏の追っ手がやってきたときに、いつでも切り落とせるようにカズラでつくったのだという。

別子銅山を歩く

遊歩道入口→円通寺→小足谷集落→醸造所→小足谷接待館→小学校跡→劇場→黒橋→高橋精錬所→ダイヤモンド水→トラス橋→焼鉱窯群→目出度町鉱山街入口→歓喜間符・歓東間符→銅山越→西赤石山→銅山越→牛車道→歓喜坑端展望台→蘭塔場→大山積神社→遊歩道入口

高知の散策
高知は土佐山内家24万石の城下町である。高知城を見て坂本竜馬の生誕地を訪ね、最後ははりまや橋にいって、よさこい節の「坊さんかんざし買うをみた」を口ずさんでしまった。
追手門→山内一豊銅像→板垣退助銅像→山内一豊の妻銅像→詰門→二の丸→黒鉄門→本丸→梅の段→坂本竜馬生誕地→路面電車→はりまや橋→立志社跡

しまなみ海道 耕三寺を観光
耕三寺というのは、この生口島出身の金本耕三が母の菩提を弔うために建てたお寺なのだ。境内の伽藍はすべて極彩色に塗られ、その派手派手しさには愕然としてしまう。

耕三寺(中門→五重塔→僧法蔵→法宝蔵→孝養門→本堂→千仏洞→救世観音大尊像→茶祖堂→八角円堂→銀龍閣→未来心の丘→潮聲閣→金剛堂)→向上寺の三十の塔→しまなみ海道

大山祇神社を参拝
この神社は日本総鎮守の社号を持ち、古来、多くの武人がこの神社に騒乱平定にあたって祈願をしている。そのときに奉納された武具が多く残っていて、日本の国宝・重要文化財の武具の8割はここにあるのだ。
能因法師雨乞いの楠→大楠→神門→拝殿→宝筺印塔→紫陽殿→国宝館→海事博物館→鶴姫銅像

道後温泉を散歩
道後温泉は日本神話のときからの古い温泉なのだ。この温泉には夏目漱石をはじめとしてたくさんの文豪・歌人が訪れていて、その歌碑が多い。
道後温泉駅→坊ちゃん列車→道後公園→湯築城資料館→武家屋敷→子規記念博物館→伊佐爾波神社→宝厳寺→湯神社→道後温泉本館→坊ちゃんからくり時計

小京都中村と四万十川
中村は応仁の乱を逃れて下向した関白一條教房が住まった町で、小京都の面影をいたるところに残している。町のすぐそばには四万十川が流れていて、これを少し遡ると沈下橋を見ることができる。
幸徳秋水の墓→中村城跡→一條神社→お化粧井戸→佐田の沈下橋→三里の沈下橋→安並水車の里公園→太平寺→不破八幡宮→中村駅

桂浜を散歩
桂浜はよさこい節に「月の名所は桂浜…」と唄われる名勝地である。私はただ、坂本竜馬の銅像に会いたくてやってきたのだ。
横井黄木歌碑→浦戸城跡碑→桂浜→坂本竜馬銅像→吉井勇の詩碑→旧制高知高校歌碑→豪気節歌碑→竜王岬→浦戸灯台→高浜虚子歌碑→坂本竜馬記念館→浦戸城天守跡

鳴門の渦潮観光
潮の満ち干きがすさまじい渦を引き起こす。鳴門の渦潮を船で目の前にすると、そのすごさに圧倒されてしまうのだ。さらに大鳴門橋から見下ろす渦潮の眺めもすごいのだ。
渦潮遊覧船→お茶園展望台→鳴門秘帖石碑→大鳴門橋架橋記念館エディ→渦の道

うだつの町 脇町を散策
脇町の南通りは約400mにわたって塗り籠め壁の家並みが続く。藍商で栄えた往時の町並みが残り、うだつをあげた家が多いことから「うだつの町並み」と言われている。江戸時代の面影をそのまま残していて、木曽路の妻籠や馬篭に劣らぬすばらしい町並みである。

道の駅→船着場公園→南町通り→田村家→国見家→郷土資料館→吉田家→枡形→オデオン座

松山城散策
松山市街の真ん中に城山があって、市内のどこからも山の上に立つ城郭を眺めることができる。天守閣まではすごい急坂を登らなければいけないのだが、ロープウェイも通じていて、簡単に登ることができる。私はもちろん、西口から歩いて登った。
師範学校付属小学校跡→乾門→野原櫓→十間廊下→一ノ門→筋鉄門→天守中庭→天守閣→艮門→太鼓門→二の丸史跡庭園

宇和島城を観光
宇和島市の街の真ん中に城山があって、その上に天守閣がそびえている。この城は豊臣時代に藤堂高虎が築いたものだが、徳川の世になってから入城したのは伊達正宗の長男伊達秀宗である。この伊予伊達藩は幕末になって、四賢候の一人伊達宗城を出だすことになる。

宇和島駅→宇和島きさいやロード→藩老桑折氏武家長屋門→井戸丸跡→宇和島城天守閣→上り立ち門→児島惟謙先生像

安芸を散策する
安芸というのは1300年頃、安芸氏がここに城を築いたのだが、江戸時代には土佐藩家老の五藤氏が治めていた。石垣の残る安芸城跡とか、その近くの「土居廊中」という武家屋敷の家並みが昔を忍ばせてくれる。でも、なんといっても見所は「野良時計」なのだ。

安芸川→古い家並み→野良時計→土居廊中→武家屋敷野村家→安芸城跡→安芸市立書道美術館





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