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倉吉 淀屋一族の墓


妖怪の町 境港


備中国分寺の五重塔


備中松山城


高梁頼久寺の庭園


福山草戸稲荷神社


竹原 普明閣


津和野マリア聖堂


秋芳洞


山口 瑠璃光寺五重塔


金子みすず記念館


防府 多々良大仏


柳井 白壁土蔵


江田島海軍兵学校


姫路城

米子
湊山公園→青洞寺跡→廻船問屋後藤家住宅→寺町通り(横田内膳の墓)→土蔵群→旧米子市役所→中江藤樹記念碑→米子城址
米子は伯耆18万石の中心として栄えた城下町である。市街の真ん中を加茂川が流れ、この川に沿って土蔵が立ち並ぶいかにも商業の街である。城山に上ると天守はないが石垣残っていて、ここからの眺めは本当にすばらしいのだ。

倉吉
倉吉は白壁土蔵のまちとして知られていて、「国重要伝統的建造物群保存地区」に指定されているのだ。打吹山から下りてくると、そこが土蔵群のすぐそばなので観光をしてしまったのだ。
観光駐車場→横綱琴桜像→ふるさと工芸館→弁天堂→大蓮寺(脇屋義助・淀屋一族の墓)→赤瓦一号館→倉吉土蔵群→倉吉流しびな像→古い町並み→大岳院

妖怪の町 境港
この町の水木しげるロードには100ほどもの妖怪ブロンズ像が立ち並んでいるのだ。
駅前広場→水木ロード左側→妖怪広場→妖怪神社→商店街→水木しげる記念館→商店街右側→大正川→水木ロードポケットパーク→駅前広場

吉備路東部
吉備は大和と出雲の間に独自の文化を開かせた、古代のロマンの国なのだ。
備前一宮駅→吉備津彦神社→吉備津神社(本殿→回廊→御釜殿→宇賀神社)→栄西禅師誕生聖地→惣爪塔跡→鯉喰神社→造山古墳→千足装飾古墳→備中風土記の丘(備中国分尼寺→古民家→岡山県立吉備路郷土館)→こうもり塚古墳

吉備路西部
吉備は大和と出雲の間に独自の文化を開かせた、古代のロマンの国なのだ。
備中国分寺→作山古墳→やよい広場→総社市まちかど郷土館→総社宮→東総社駅→宝福寺(雪舟像→仏殿→三重塔→総社駅→JR→備前一宮駅

備中松山城
備中松山城は、高梁市街の北にそびえる牛臥山の山頂にあるのだ。標高420mの山頂にたつこの城は日本一高所にある城なのだ。松山城は仁治元年(1240)に秋庭三郎重信が築かれたのが最初で、今の規模になったのは天和3年(1683)に31代城主水谷勝守によってである。その時に天守閣と二重櫓、土塀の一部が残っていて、重要文化財に指定されているのだ。

高梁
山の間に流れる高梁川に沿って開けた小さな街が高梁である。それでも、この町は飯倉氏5万石の城下町で、武家屋敷町、寺町、商人町の姿がよく残っていて、すばらしく美しい街なのだ。
頼久寺(庭園)→武家屋敷通り(埴原家)→本町通り→紺屋川筋→有終館跡→カトリック教会→高梁市郷土資料館→正善寺

福山
福山は、徳川時代に水野氏5代、松平氏1代、安部氏10代が本拠とした城下町である。街に入る手前には国宝の堂塔がある明王院、そして朱塗りで高くそびえ立つ草戸稲荷神社がある。新幹線駅のすぐ近くにそびえる福山城は、鉄筋コンクリートで再建されたものである。
明王院(本堂・五重塔)→草戸稲荷神社→福山城(御湯殿→天守閣→伏見櫓→筋鉄御門→鐘櫓)→ふくやま美術館→備後国分寺

鞆ノ浦
鞆ノ浦は福山市の南、沼隈半島の先端にある町で、2000年も前から風待ちの港ととして栄えた港町なのだ。
円福寺→福善寺→鞆の津の商家→鞆城跡→古い家並み→太田家住宅→いろは丸展示館→常夜灯→平賀源内生祠→医王寺→寺町筋→山中鹿之助首塚→ささやき橋→沼名前神社(能舞台)→備後安国寺(釈迦堂→枯山水庭園)→むろの木歌碑→対潮楼

尾道東部
西部にも見るべき所は多くて、特に山の上に伽藍が並ぶ西国寺や国宝の堂塔が並ぶ浄土寺はすばらしかった。かなり早足でまわったので疲れてしまったが、十分満足するものだった。
福善寺→大山寺→御袖天満宮→西国寺(仁王門→本堂三重塔)→尾道東高校(林芙美子文学碑)→西郷寺→西郷四郎逝去の地→浄土寺(本堂→阿弥陀堂→多宝塔)→海竜寺(文楽の墓

尾道西部
尾道は以前から一度ゆっくり歩きたいと思っていたところなのだ。私は尾道の古寺をめぐる道をすべて歩いてめぐることにした。
尾道駅→林芙美子像→持光寺→陣幕久五郎の墓→光明寺→海福寺→播竜の松→吉備津彦神社→宝土寺→尾道市文学公園(志賀直哉旧宅)→文学記念室→中村憲吉旧宅→千光寺→天寧寺三重塔→天寧寺羅漢堂→慈観寺

竹原
竹原は全国的にあまり知られていない観光地だと思うが、ここに残されている古い町並みは本当にすばらしいのだ。
頼山陽銅像広場→地蔵堂→長生寺→古い商家群→西方寺(普明閣)→書状集箱→竹原市歴史民俗資料館→竹原市町並み保存センター→頼惟清旧宅→照蓮寺→酒造交流館→復古館→春風館

津和野 南部
津和野の観光は乙女峠と殿町を散策したら終わったようなものなのだが、南の方もめぐってみた。鷺舞で有名な弥栄神社から鮮やかな朱塗りの本殿をもつ太鼓谷稲成、津和野城址に上って、それから津和野出身の偉人、西周と森鷗外の旧宅を訪れた。
鷺舞の像→徳川夢声句碑→弥栄神社→太鼓谷稲成神社→リフト→津和野城址→西周旧宅→森鷗外旧宅→JR津和野駅

津和野 北部
津和野は青野山の麓に細長く家並みが続く小さな城下町である。特に殿町の白壁の塀に沿って続く水路に鯉がが泳ぐ景観はすばらしい。
永明寺(森鴎外の墓)→乙女峠→マリア聖堂→十字架の道→殉教者の墓→津和野市街→安野光雅美術館→葛飾北斎美術館→古い商家町並み→沙羅の木→津和野カトリック教会→殿町→養老館→多胡家家老門

萩 松陰の道
萩市街地から東に向かって、松本川を渡ると松陰神社がある。この神社の境内には松陰ゆかりの杉家旧宅とか松下村塾が残されているのだ。

薩長土連合密議之処→明治維新胎動之地→花月楼→吉田松陰歌碑→杉家旧宅→松下村塾→松陰神社→吉田稔麿生誕地→伊藤博文旧宅・別邸→玉木文之進旧宅→吉田松陰誕生地公園→吉田松陰の墓→東光寺

萩 城下町
青木周弼旧宅→ 木戸孝允旧宅→菊屋家住宅→旧久保田家→田中義一誕生地→高杉晋作誕生地→平安橋→旧明倫館跡→旧児玉家長屋→堀内鍵曲→口羽家住宅→旧福原家萩屋敷門→益田氏旧宅土塀→旧毛利家別邸表門→天樹院墓所→旧厚狭毛利家萩屋敷長屋→萩城天守台→花江茶亭→福原家書院→志都志神社→東園→旧周布家長屋門→旧益田家物見矢倉→野山獄→常念寺→有備館→明倫館跡

長府
長府っていったいどこなんだと思ってしまうのだが、下関市の北東にある町で、江戸時代は長府毛利家の城下町だったのだ。
乃木神社→乃木旧邸→夢枕小路→国分寺跡→吉岡家長屋→覚苑寺→和同開珎鋳銭所→古江小路→菅家長屋門→長府毛利邸→高杉晋作回転義挙の碑→功山寺→笑山寺→忌宮神社→下関市立美術館→長府庭園

秋芳洞
日本全国に鍾乳洞はたくさんあるけど、最も有名なのはこの秋芳洞だと思う。昔は滝穴という名前だったらしいけど、昭和天皇が皇太子の頃にここを訪れて、秋芳洞という名前を与えたらしい。
黒谷入口→五月雨御殿→クラゲの滝のぼり→巌窟王→大仏岩→黄金柱→千畳敷→傘づくし→千町田→ずぼ柿大松茸→洞内富士→百枚皿→長淵→青天井→秋芳洞入口

山口
山口は室町時代、大内氏によって「西の京」と呼ばれるほどの京文化が華開いたのだ。
山口県立美術館→山口ザビエル記念聖堂→亀山公園→パークロード→山口県立博物館→山口県政資料館→→藩庁門→山口大神宮→洞春寺→勅撰銅碑→毛利家墓所→瑠璃光寺→八坂神社→西田幾多郎住居→山口ふるさと伝承総合センター→龍福寺→一の坂川

金子みすゞ記念館
日本の童謡の隆盛期、大正後期に彗星のように現れたのが金子みすゞである。彼女は西條八十をして「若き童謡詩人の巨星」と絶賛せしめたすばらしい詩人であった。ところが、彼女は26歳でこの世を去り、その後忘れ去られてしまうのだ。彼女の詩が再び脚光を浴びるのは、矢崎節夫氏によって手書きのノート三冊が発見されてからである。私は金子みすゞの大ファンで、一人でも多くの人が彼女の詩にふれて欲しいと思っている。

防府をまわる
防府はかつて周防国の国衙がおかれたところである。市内にはそうした史跡が残っているので巡ってみた。本当は歩くべきなのだが今回は車でまわってしまった。
周防国国衙跡→多々良大仏→周防国分寺→阿弥陀寺→防府天満宮→護国寺→防府駅前山頭火像→山頭火生家跡

白壁の町並み 柳井
江戸時代に岩国藩で最も栄えた商業の町が柳井である。美しい白壁の町並みが残っているといううので立ち寄ることにした。この町には国木田独歩もしばらく住んだことがあって、その旧宅も残っている。
町並みふれあい館→白壁の町並み→甘露醤油蔵→宝来橋→商家博物館むろやの園→湘江庵→国木田独歩旧宅→光台寺

岩国を散策
岩国といったら錦帯橋しか思い浮かばないのいだが、ここは江戸時代吉川家の居城だったところで、周辺の散策はけっこう楽しいのだ。
錦帯橋→香川家長屋門→吉香公園→吉川家墓所→旧加田家住宅→ロープウェイ→岩国城→白山比咩神社→岩国徴古館→吉川資料館→佐々木小次郎像→錦帯橋

安芸の宮島
安芸の宮島は名前の通りの島で、船で渡らなければいけないのだ。船が宮島に近づくと、海に浮かぶ大鳥居が見えてきて、その奥に鮮やかな朱塗りの厳島神社が見えてくる。絶景としかいいようがない。
宮島桟橋→厳島神社(客神社→東回廊→本社→火焼前→西回廊→天神社→能舞台→反橋)→大願寺→清盛神社→大元神社→宝物館→五重塔→千畳閣→宮島桟橋

江田島旧海軍兵学校
江田島といったら、すぐに旧海軍兵学校を連想してしまうのだ。古鷹山はその兵学校の生徒たちが訓練のために登っていた山でもある。古鷹山に登ったのだから、当然、この兵学校を見学しなくてはと思ってしまうのだ。

広報展示室→大講堂→幹部候補生学校→戦艦陸奥主砲→教育参考館

姫路城 姫路城
姫路城はさすがに世界文化遺産に登録されるだけあって、すばらしいお城である。姫路城には何度も訪れているのだが、今回はじっくりと時間をかけてまわってみた。天守閣はどこから眺めてもすてきだ。
桜門→三の丸広場→菱の門→三国濠→天守閣→備前丸→切腹丸→お菊の井戸→菱の門

広島・下関 広島・下関
広島の記念公園から原爆ドームへ歩く。その悲惨さに私は耐えられない。下関では壇ノ浦古戦場跡に立ち寄った。人はいつの世にあっても殺戮を繰り返す「業」を背負っているのかも知れない。今も、世界ではテロが頻発し殺し合いを続けている。
壇ノ浦古戦場跡→赤間神社→耳無し芳一堂→平家一門の墓→日清講和記念館→亀山八幡宮→旧下関英国領事館

岡山・倉敷 岡山・倉敷
岡山の後楽園には30年ぶりに行った。ちょうど芝生を芝生を焼いた後で、黒い芝生が広がっていた。めったに観れない風景である。
倉敷の蔵の立ち並ぶ風景はあまりにも有名である。この「倉敷美観地区」をゆっくりと散策した。

広島・下関 広島原爆ドーム
この年は会社から長期休暇がもらえて、九州の二百名山を登る旅ができたのだが、九州に向かう途中で広島に立ち寄った。
広島といったら、世界遺産に登録された原爆ドームを見るしかない。
平和記念公園には「広島平和記念資料館」があるのだが、これを観るのはかなりつらい。あまりにも悲惨すぎるのだ。





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