私の東北の山百選
ちょうかいさん

標高 2236m
祓川→40分→六合目→20分→七合目御田→30分→八合目→40分→九合目氷の薬師→40分→舎利坂→30分→鳥海山(七高山)山頂→35分→鳥海山大物忌神社→25分→新山山頂→25分→鳥海山大物忌神社→30分→行者岳→10分→七高山→55分→九合目→25分→御田→50分→祓川

一度登ったことがあるのだが、そのときは一等三角点がある本当の山頂、七高山を踏んでいなくて、ずっと再登しようと思っていた。昔登ったときは鉾立からだったので、今回は祓川から登ることにした。
雪渓から仰ぐ鳥海山

1994年鉾立からの登山記録
 祓川から御田へ
祓川登山口駐車場


祓川ヒュッテ


湿原の木道を行く


祓川神社


壁のような雪渓を登る


賽の河原手前


御田に着いた

BACK 津軽黒石

201279

今日は鳥海山に登る。一度登ったことがあるのだが、この時は鉾立から登り始めて新山山頂に登って引き返しているのだ。あとでよく調べてみると、一等三角点が置かれているのは七高山で、こちらのほうが鳥海山山頂といっていい。ようは、まだ鳥海山には登っていないということなのだ。
それで今回の登山ということになるのだが、以前は鉾立から登ったので、今回は違うルートから登ることにした。鳥海山北側に祓川登山口がある。今回はここから登ることにした。
道の駅から祓川までは25kmほどもあって、登山口に着いたのは7時少し前になってしまった。広い駐車場があって、水場もあった。ここで新しい水を汲んで出発。
舗装道を少し行くと、大きな祓川ヒュッテが見えてきた。その先が竜ヶ原湿原で、木道が真っ直ぐに続いている。木道の入り口にはアヤメが咲いていた。
木道を歩いて行き、これが終わって樹林の中を少し行くと、行く手には雪の壁が見えてきた。樹林を抜けたところには祓川神社があって、今日の登山の安全を祈って手を合わせた。
さて、登山道はどこだと探してみたのだが、…ない。よく見たら、登山路は壁のような雪渓を登るのだった。いきなり、これか…と前途の多難さを思ってしまった。今回はこんなこともあろうかと軽アイゼンを持ってきているのだが、登りでは使わずにキックステップで登って行った。それにしても、急な登りである。振り返ると神社や湿原が一望できる。

赤いテープがたくさん下げられた登山道入り口に着く。ここからは大きな自然石を積んだ階段の急登であった。
登山道にはたくさんの花が咲いていてきれいである。ピンクのツツジやショウジョウバカマ、黄色いスミレ、雪はいっぱい残っているのだが、山は花の季節なのだ。
「賽の河原手前」という指導標に着いたのは735分。この登山道にはちゃんと合目毎の指導標があって、賽の河原が六合目である。ちなみに、登山口の祓川は五合目なのだ。
ここから5分ほど行くと再び雪渓が現れた。これはそんなに傾斜はきつくなくて、あまり苦労することなく歩いて行く。雪渓にはルートを示す竹竿が立っている。雪渓につけられた踏み跡ははっきりしないので、この竹竿を目印に歩いて行くのだ。
この緩やかな雪渓が終わって樹林の中に入ったが、すぐにまた小さな雪渓があり、この先は岩がゴロゴロするえぐれた溝の中を急登する。道の両側は樹林なのだが、その向こうにはどちらにも広大な雪原が広がっている。15分ほど登ると再び行く手に雪の壁が見えてきた。樹林から抜け出したところにはミズバショウの群落があって、ここが七合目の御田であった。…ということは六合目の賽の河原は気がつかずに通過してしまったということである。傾斜が緩やかだった雪渓の下に賽の河原はあったのだろう。
この御田にはすばらしい湿原が広がっているのはずなのだが、今はすべて雪の下である。かろうじてミズバショウだけを見ることができるのだ。時間は8時になっていた。ガイドブックの標準時間通りである。



 九合目へ
八合目の康ケルン


康新道分岐上部寿金


谷の入口


九合目の標識が雪に埋もれていた


休憩して息を整えてから、目の前にそびえる雪の壁を登り始める。キックステップで一歩一歩慎重に登って行く。この雪渓はそんなに長くなくて
15分ほどで登山道に入った。すこし登ると七つ釜避難小屋の標識があって、そのすぐ先にケルンがたっている。目の前には再び広大な雪原が広がっていた。ここが八合目である。
再び雪渓を行く。この頃空が晴れてきて、青空が見えるようになった。下界は曇りなのだが、雲の上に出たようなのだ。雪渓に湧き上がる薄い霧の向こうに鳥海山山頂と思われるピークが見える。今日の天気は曇り時々晴れなので、展望はあまり期待していなかったのだが、こんなに晴れてくれるなんて、うれしい。
雪渓歩きは10分ほどで、再び樹林の登山道に入る。
大きな岩がゴロゴロする道を10分ほど登って、再び雪渓に出る。この雪渓歩きは長かった。5分ほど行くと、雪から指導標が頭を出していて、「康新道分岐上部」と書かれていた。
空は真っ青に晴れて、行く手に鳥海山山頂がくっきりとそびえている。雪は光を反射してすごくまぶしくて、雪目になってしまいそうだ。サングラスを持ってくればよかったと悔やんだ。30分ほど歩くと、雪渓が狭まって谷に入って行く。谷の入り口には大きな岩が重なっていて、この岩を越えると再び雪渓が続いている。その前に、この大岩の上で休憩することにした。
大岩からは雪渓の左に登山道がある。これを登って行くことにしたが、ゴツゴツした岩を越えて行くのはけっこうきつくて、これなら雪渓を歩いたほうがラクだと思ってしまう。すぐに雪渓に降りて、これを登って行くと、雪から頭を出す指導標があって、「矢島口九合目」と書かれていた。私が歩き始めたのは「祓川登山口」という名だと思っていたのだが、正式には「矢島口」というのだった。ともかく九合目まで来たということである。



 鳥海山(七高山)山頂へ
最後の雪渓を登る


舎利坂入口


山頂直下はお花畑


鳥海山(七高山)山頂


九合目から樹林の中を15
分ほど登ると、今度は左に広がっている雪渓を横切るのだった。
竹竿を目印に、雪渓を斜めに横断する。
雪渓から登山道入り口に着くと、ここからは石畳のようにきっきりと組まれた石段の登りになる。これで雪渓歩きはおしまいで、ここからはひたすら山頂目指して急登するのだ。
樹林の背丈はすごく低くて、展望が広がっている。
10分ほどで「舎利坂入り口」という指導標に着いた。さらに石畳のような石段を急登する。道ばたにはイワスゲなどの高山植物が咲いていてすごくきれいである。
10分ほどで石段が終わって、火山性の岩礫のガラガラの登りになった。足下がもろくてすごく登りにくい。突然さびた鎖が現れた。重くてこれをたぐって登る気にはならない。この鎖は二本あって、この間を歩けということらしい。これを息を切らして登って、山頂部の稜線に登り着いたのは1025分である。この稜線を左に行くと鳥海山山頂の七高山である。左の稜線の端にも碑板が置かれていて、なにかしら山頂のような気もするのだが、ともかく鳥海山山頂に向かった。この稜線からは巨岩が重なる大きなピークが見える。これが新山である。すごい山容である。
七高山山頂には一等三角点が置かれていた。昔、踏むことができなかった鳥海山山頂に、ようやく立つことができたのだ。それにしても新山の眺めがすごい。新山のこちら側の斜面は雪に覆われていて、左下には山小屋が見える。今いる七高山は外輪山の一郭で、その外輪山が屏風のようにそそり立って連なっている。鳥海山ってこんな山だったのだ。



 新山山頂へ
外輪山から急降下する


鳥海山大物忌神社に着く


新山への登り


新山山頂


新山に向かう。七高山の標高は
2229mなのにたいして、新山は2236mで、こちらのほうが7m高いのだ。外輪山を行くとすぐに指導標が立っていて、山小屋に向かって下るのだ。この下りがすごい。屏風のような岩壁を真っ逆さまに下るのだ。しかも道は砂礫で崩れやすく、落石を起こしてしまいそうだ。真新しい鎖が下がっていた。
足下に気を配りながら慎重に下って行く。鞍部に降り着いてほっとするのも束の間、次は雪渓を横切るのだ。雪渓を渡ると、岩が累々とする岩山で、これをロープで導くルートに従って上って行く。ピークに立つと、すぐそばに山小屋が見えた。この山小屋に着くと、これは山小屋ではなくて神社であることがわかった。「鳥海山大物忌神社」というのだ。神社は石垣に囲まれていて、その上に新山の岩山が聳え立っている。
この建物群を抜けて広場に出ると、ここからは新山に登るルートが見える。累々と重なる巨岩にペンキの矢印が見えるのだ。
ステッキはザックにしまって、両手をフリーにして登り始めた。すごく険しい登りの連続である。鎖は一切なくて、ひたすら岩に足がかり、手がかりを探して登って行くのだ。急登が終わってほっとしたら、こんどは下りであった。行く手にはそそり立つ二つの巨岩の間にスリットがある。この細い隙間に下って行くのだ。昔登ったときの記憶にはまったくなくて、しかもこんなに険しかったっけと思ってしまうのだ。スリットを抜けてから、累々とする巨岩を登り、左から回り込むように登ると、ようやく山頂である。巨岩の上の狭い山頂である。休んでいたら3人ほど登山者が登ってきた。展望は最高で、真向かいに七高山をピークとして外輪山が屏風のように連なっている。日本海も見えるはずなのだが、雲海が広がっていて、それは見えなかった。



 登ってきた道を下山
外輪山に向かって登る


行者岳山頂


北のピーク


稜線からひたすら下る


あとは下るだけである。登りは今通ってきた岩のコースなのだが、下山路は雪渓のコースであるらしい。でも、今は雪渓が大きくて、しかも急傾斜になっているので、来た道を引き返すしかないのだ。下りもきつかった。慎重に下って、神社に戻ったのは
1210分である。
ここで昼食をかねた長い休憩を取った。あとは登って来た道を引き返すだけである。
屏風のようなガラガラの道を急登して、稜線に立ったのは1245分。稜線の右に大きなケルンが見えるので行ってみた。ガイドブックによるとここは行者岳というらしい。
七高山に戻ると誰もいないので、落ち着いて記念写真を撮った。ここから稜線を戻り、下山口を見送ってさらに北に直進すると、石碑の置かれたピークに着く。ここから七高山を振り返ると、鋭い三角峰であった。右下の断崖がすごい。
下山口に戻って、あとは来た道をひたすら引き返す。

九合目に着いたのは1345分、七合目に着いたのは1420分。ついでなので、避難小屋を覗いてみた。平屋だが中はきれいであった。
帰りの雪渓では軽アイゼンをつけて下った。それでも、七合目直前と祓川神社直前はすさまじい下りでビビッてしまった。
もう霧がかかり始めた竜ヶ原湿原の木道を歩き、駐車場に戻ったのは1535分である。
ただ困ったことが起きた。腰が痛いのだ。雪渓を下るときに足に力を入れすぎたためか、歩くと激痛が走る。木道から車に戻るまでは足を引きずるようにして歩かなければいけなかった。明日は月山に登るつもりでいたが、これでは無理だ。明日まで天気はいいのだが、それから3日ほどは梅雨が戻ってくるのだ。4日間も休養するしかない。


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