私の東北の山百選
がっさん

標高 1984m
大鳥居→30分→湯殿山神社→40分→装束場→45分→金姥→45分→牛首→40分→鍛冶稲荷→20分→月山山頂→40分→牛首→40分→金姥→30分→装束場→30分→湯殿山神社→20分→大鳥居

バス停がある月山八合目からだと、わずか2時間で山頂に立つことができる。昔、私もこのコースで登ったのだが、今回は湯殿山神社から登ることにした。こちらのほうが変化に富んだすばらしい登山ができたと思う。
月山山頂

1994年の登山記録
 大鳥居から湯殿山神社へ
有料道路の料金所


登山者用駐車場


大鳥居


橋を渡る


神社前駐車場


湯殿山御神牛


湯殿山神社への参道

BACK 鳥海山

2012711

月山には一度登ったことがあるのだが、1994年のことだから、もう18年もたている。このときは弥陀ヶ原の少し手前の8合目まで車で行って歩き始めたのだ。
月山は出羽三山の一つで、他に羽黒山と湯殿山がある。私は今回は湯殿山から月山山頂を目指そうと思うのだ。
一昨日、鳥海山に登って腰を痛めてしまったのだが、1日休養したら、なんとか痛みはなくなった。でも、心配だ。天気予報では今日までは晴れだが、明日からはしばらく雨が続くらしい。今日月山に登っておかないと、4日ほども庄内に滞在しなければいけなくなる。腰の痛みが再発しないことを祈るしかない。
まだ薄暗い4時半に庄内の道の駅を出発、湯殿山神社を目指した。国道から分岐して少し走ると有料道路の入り口に着く。湯殿山神社へはこの有料道路を行くしかないのだが、困ったことにゲートが開くのは815分からであった。せっかく早起きして来たのに、この入り口で3時間ほども待つことになった。ここから歩いたらどうなんだと思ったが、有料道路は歩行禁止なのだ。他に登山道もないので、待つしかない。仕方がないのでもう一度眠ることにした。7時になったら、有料道路の人がやってきた。きいたら、登山者は早く通してくれるという。よかった。
この有料道路は17時になったら鍵をかけてしまうというので、それまでに帰って来なければいけない。また注意として、登山者の駐車場は湯殿神社の手前にあるので、そこに停めるようにと念をおされた。
車を走らせて行くと、大きな赤い鳥居が見えてきて、その手前に登山者用の駐車場があった。身支度を終えて歩き始めたのは7時半である。
大鳥居の前の広大な駐車場には黄色いバスが何台も停まっている。これは湯殿山神社までの参詣バスなのだ。鳥居の左には大きな建物があって、これが「湯殿山参籠所」である。ここには宿泊もできるのだ。
アスファルトの道を歩いて行く。神社にはすぐだろうと思っていたが、急な坂の連続でけっこう遠かった。7分ほど行くと赤い橋があった。これで神社はもうすぐだろうと思ったら、そうではなかった。さらに急な坂道は続く。道ばたにはいろんな神社の名が彫られた石碑がたっている。車道には登山者のためか、歩道の表示もされていた。
ようやく神社前の駐車場に着いたのは750分。下から20分もかかってしまった。ここまで車で来てしまえばよかった…とも思ったが、湯殿山に登ったんだと自分に言い聞かせることにした。
広い石段を上がると、「湯殿山御神牛」という牛の銅像があった。なんか天満宮みたいだ。
参道の入り口には狛犬がたっていて、さらに大黒様の像もあった。湯殿山の神様ってなにかしらごちゃ混ぜになっているような気がしてしまう。参道には「御神域につき禁撮影」の標識がいくつもたっていた。写真撮影は控えることにした。すぐに道は谷に向かって下って行くようになった。一度ターンすると、行く手に神社らしきものが見えてきた。お参りしていこうと思ったが、入り口は閉まっていた。帰りにお参りすることにした。



 湯殿山神社から装束場へ
神社前でターンして月山に向かう


滝があった


急な登りが始まる


月光坂の長大なハシゴを登る


小屋の前に着いた


神社の入口前に月山登山の指導標がたっていて、山頂まで
4時間と書かれている。今、8時少し前なので山頂到着は12時を過ぎることになる。
谷に沿って歩いて行くと、雪渓が残っていた。月山は雪が多いので有名なので、今回も軽アイゼンを持ってきている。
谷川が滝を作っていて、そこに注連縄が張られている。ここも御神域なのかと思ったが、写真を撮ってしまった。
行く手には月山の稜線が高くそびえている。山懐には雪渓も見える。天気は上々である。
少し行くと大きな砂防ダムが見えてきた。このすぐ先で小沢が登山道を横切っていて、これを渡るとすぐに右折して急な登りが始まる。大きな岩を組んだ階段らしき道になっている。この岩の道を急登する。道は沢の流れに沿って続いているのだが、その沢の水が登山道に流れ込んできていて、まるで沢を登っているようだ。道の両側は木々で視界はないのだが、けっこう花が咲いている。花の写真を撮りながら、ひたすら岩の道を登った。

いつの間にか水の流れがなくなって、石段がはっきりしたものになると、突然、展望の開けた。月山から東に延びる尾根が一望できる。すばらしい眺めだ。このあと、時々展望が開けるようになった。
登山道に小さなな鉄梯子が現れた。1mほどのもので、これが3つほど続いている。これなら梯子を使うまでもなく登って行けると、高をくくっていたら、突然すごく長い鉄梯子が行く手を遮った。これを登り切ると、さらにまた鉄梯子があって、その先にも長い梯子がある。これがガイドブックにある「月光坂」であった。真新しい銀色の梯子を登ると、その先は鎖場であった。この鎖は重くて、これにすがって登ることはできなかった。鎖場を越えると、二列の梯子があって、右側は今は使われていない昔のもの。今の梯子は頑丈な、両側に手すりがついたものである。これもすさまじく長い。上部では傾斜もきつくなって、しがみつくようにして登った。
ようやく梯子を登り切って、普通の登山道になると、すぐに樹林から抜け出して、展望が広がる。展望の開けた平坦な道を行くと、すぐに山小屋の前に着いた。ここが「装束場」である。山小屋は「施薬小屋」というのだ。小屋の中に入って休憩した。小屋の中に水道の蛇口があって、ひねったら水がちゃんと出た。でも、「沢の水につき飲料には不適」という表示があった。



 装束場から金姥へ
装束場から月山への道


雪渓のトンネルをくぐる


雪の壁が立ちふさがる


金姥への道


小屋の前にたたずむ石仏に手を合わせてから、月山山頂をめざして歩き始める。ほとんど平坦な道で、振り返ると山小屋の奥にすごく立派な山が見えた。地図で確認すると、これが湯殿山であった。登ってみたいという誘惑に駆られるのだが、登山道はないのだ。諦めるしかない。

ミズバショウの咲く湿地帯があって、その先には雪渓が広がっていた。この先雪渓を二度横切ったが、傾斜も緩やかで短いのでアイゼンを使うまでもなかった。この雪渓歩きのために買っておいたサングラスは役にたった。
雪渓が終わって、岩を組んだ階段のような道を行くと、沢の流れの横に出た。地図にある清身川のようである。この流れに沿って行くと、行く手には雪渓のトンネルが待っていた。登山道はこの雪のトンネルの向こうに続いている。水がしたたる雪のトンネルをはいつくばってなんとか通過した。
展望の開けた斜面を登って行く。振り返ると、湯殿山と山小屋が小さく見えた。
登山道に咲く花を眺めながら行くと、そびえ立つ雪の壁の前に出た。この雪の壁をどうして越えるんだ…と思ったら、雪壁の左端に道筋を示すロープが張ってあった。雪渓に沿って草地の斜面を登って、それから雪渓を横断するのだった。雪の上には赤いテープを巻き付けた石が置かれてルートを示していた。
この先は傾斜がゆるまって、見上げるようだった月山東尾根が同じ高さに見えるようになった。花が咲き誇る登山道をどんどん歩いて行くと、行く手の尾根に登山者が歩いているのが見えた。金姥は近い。
金姥に着いたのは105分。ここは月山リフトからの登山道が合流するところなのだ。




 金姥から鍛冶稲荷へ
金姥からまず紫灯森に向かって登る


雪渓を行く


牛首


鍛冶稲荷神社に着いた


ここで少し休憩、行く手には高くそびえる山が待ちかまえている。地図では「紫灯森」と書かれている。この山の右奥に建物がたつピークが見える。これが月山山頂なのだ。

月山山頂が見えたので、はりきって出発した。登山道は石畳のような階段道で、道ばたにはたくさんの花が咲いている。花の写真を撮るために、つい立ち止まってしまうので、ちっとも先にすすまない。花の中には日本のエーデルワイスといわれるウスユキソウを見つけてしまった。
登山道はこの山のピーク直前で右折して下りになってしまった。右下には広大な雪原が広がっていて、そこを登山者が登ってくるのが見える。この雪原では夏スキーが楽しめるのだ。緩やかに下って行くと、登山道は雪原の中に消えてしまった。ここからはこの雪原を歩くのだ。これは長い雪渓歩きであった。日はカンカンに照っているのだが、サングラスがあるので安心である。雪原から再び石畳の道になって、これを少し行くと「牛首」の指導標があった。ここは姥沢小屋からの道の合流点なのだ。1045分になっていた。
ここから再び雪渓を登って行く。振り返ると姥ヶ岳から東尾根へと連なる山並みがすばらしい。
雪渓が終わると、いよいよ月山山頂に向けての急登が始まる。大きな岩を組んだ階段道で、これを登って行くと、しだいに階段は消えてしまって、岩がゴロゴロする急登しなる。
25分ほど急登を続けるとケルンのような石積みが見えてきて、そこに登山者が何人か休憩している。登り着くと、そこには石垣が巡らしてあって、その上に可愛いお地蔵様がたっていた。石垣に沿って右折すると、石積みの岩屋があって、正一位稲荷の石柱がたっていた。この岩屋の前には新しい鳥居の、上の部分が置かれている。せっかく新しく鳥居をたてたのに折れてしまったらしい。鳥居の額には「鍛冶稲荷神社」と書かれていた。




 鍛冶稲荷から月山山頂へ
鍛冶稲荷からの登り


頂稜に着いた


葉山が見える


方位盤があった


月山神社(山頂)


月山神社を振り返る


ここで月山の山頂稜線に着いたと思ったら大間違いで、ここから、さらに急な登りが待っている。大きな岩に覆われた急な登りで「鍛冶坂」というのだ。これを息を切らして登って行くと、稜線に石碑が建っているのが見えてきた。

ようやく登り切って、この石碑を見ると芭蕉の句碑であった。芭蕉が奥の細道で詠んだ

 雲の峯 いくつ崩れて 月の山

という俳句である。
ここから月山山頂までは平坦な稜線歩きである。行く手に月山神社が見える。その手前には大きな山小屋がたっている。
少し行くと方位盤があった。蔵王・吾妻山・朝日連峰が見えるらしいのだが、遠くは霞んでいて見えることはなかった。でも、葉山だけはわかった。
方位盤のすぐ先に池があって、さらに行くと登山道は頂上小屋のすぐ横を通る。さすがに神社近くになると立派な石畳になって、これを緩やかに登って神社の前に着く。月山山頂というのはこの神社になるので、神社入り口で記念写真を撮ることにした。
1145分であった。
せっかくなのでお参りして行くことにする。入り口でお祓いを受けるのだ。500円である。神社の中に三角点があるのかと探したが見つからなかった。
神社にお参りしてから、神社の横の大きな石が転々とする斜面で休憩した。たくさんの登山者が休んでいた。
下山開始は1220分。金姥1327分、装束場14時。ここで少し休憩して、湯殿山神社に戻ったのは1440分であった。
せっかくなので、神社をお参りすることにした。湯殿山神社のお参りにはまず裸足にならなければいけないのだ。そして入り口でお祓いを受ける。ここも500円であった。
湯殿山神社のことは語ってはいけないと古来言われているのだが、私は語ってしまう。湯殿山神社のご神体は巨大な鍾乳ドームなのだ。そしてここからお湯が沸き出している。参拝者はこの御神体に上ることができるのだが、この上り道にはお湯が流れていて、熱いくらいである。上がりきってからご神体を回り込むと、そこに滝神社の石碑がある。すぐ下が滝になっているらしいのだが、よく見えなかった。
ご神体から帰りのコースには足湯があった。ここで疲れた足を浸してのんびりしてしまった。まだ15時なので、のんびりできるのだ。
あとは、長い舗装道を下って、車の前に戻ったのは1540分。有料道路が閉鎖されるまでは余裕充分である。


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