2009年晩秋山陰登山 
のこぎりやま

標高 329m
観月台登山口→20分→観月台→30分→石切場跡分岐→20分→展望台分岐→15分→鋸山山頂→15分→展望台分岐→3分→展望台→15分→石切場跡分岐→10分→日本寺北管理所→10分→十州一覧台→10分→頂上展望台→(石仏めぐり)30分→大仏→20分→仁王門→35分→保田駅

鋸山山頂というのは、あの垂直に切り立つ石切岩壁の上にはないのだ。一度間違えてしまったが、ようやく登り着いた山頂には一等三角点と天測点があった。帰りは時間をかけて日本寺の観光をした。
鋸山の石切場跡

 登山口から北口管理所へ
ここから登り始める


観月台に着いた


休憩所があった


右・日本寺の指導標。鋸山山頂は左なのだ


北口管理所

BACK 富山

2010年5月10日

今日はこれから鋸山に登るのだ。すさまじい岩峰が連なるというので、すごく楽しみである。

私は鋸山を縦走しようと思っている。浜金谷から観月台コースを登って、日本寺の北口管理所のあたりから鋸山を往復して(これは間違っていた)、あとは日本寺を観光して保田駅に下るつもりなのだ。そのためには下山してくる保田駅の近くに車をおいて、JRで浜金谷に行き、そこから歩き始めるつもりなのだ。ところが、保田駅近くには駐車スペースがなくて、結局、浜金谷まで行ってしまった。どこか車を停めるところはないかと探しながら走って行くと、結局、観月台コースの登山口に着いてしまった。でもラッキーなことに、ちょうど車を一台停めるスペースがあった。
身支度を終えて、歩き始めたのは1010分である。
登山口からは急な階段の登りから始まる。5分ほど急登すると階段が終わり、露岩の狭い尾根が現れた。露岩を階段に削った道を登ると、平坦地に着いた。ここが観月台である。東屋もたっているのだが樹林に囲まれた広場で、あまり展望はない。それでも登って来た方向は開けていて、海を見ることができた。
観月台からは緩やかに下ってゆく。この下りから鋸山の屏風のように連なる岩壁を眺めることができた。この垂直にそそり立つ絶壁をどうしたら登れるんだ!と叫びたくなってしまう。絶壁にはなぜか窓のように四角く穴が開けられている。これは石切場の跡なのである。ともかく、すごい眺めである。
樹林に入って鞍部に着くと、海抜150mという指導標がたっていた。ここからは露岩を削った階段を上ってゆく。階段を10分ほど登ると、ベンチが置かれた平坦地に着く。ここには苔むした石垣も残っていて、何かの施設の跡なのだと思う。
ここから少し行くと、関東自然歩道に指導標のたつ分岐に着いた。直進すると「石切場跡」で右が日本寺となっている。
右の道を登ることにした。すごく急な階段の登りになった。すり減った石段で、鉄パイプの手すりが設けられていた。
石切の垂直な岩壁の横を抜けて、さらに急登すると日本寺の北口管理所に着いた。



 鋸山山頂へ
分岐まで戻った


ツツジが咲く道を行く


切り通しの池


展望台・山頂の分岐


山頂に向かってアップダウンする


鋸山山頂


北管理所から日本寺の境内に入るのだが、ここで拝観券を買うのだ。切符売り場の人に境内の説明を聞いたら、驚いたことに、ここから鋸山に縦走することはできないのだという。鋸山に登るためには、石切場跡の分岐まで戻らなければいけないのだった。すごく急な石段を登ってきたのだが、これを引き返すのかと思ったらガックリしてしまった。

でも、山頂を踏まずに帰るわけには行かないので、泣く泣く引き返した。
分岐に戻って、関東ふれあいの道を行く。鋸山の大岩壁の下をトラバースして行くので、樹林の中の平坦な道である。ツツジの花がきれいに咲いていて、ふと頭上を見上げると、すさまじい大絶壁がそそり立っていて、そこに岩が突き出ているのが見える。(あとでわかったが、これが「地獄のぞき」という展望台なのだ)
さらに樹木の茂る道を行くと、石切場跡のいくつも四角く切り取られた岩壁が見えてきた。それがすごく巨大で、息をのむほどの眺めであった。
ここから少し行くと、右に四角く切り取られた中に水がたまった沼があった。
この先は平坦な壁が両側にそそり立っていて、その間を抜けて右折する。正面には巨大な岩壁がそそり立っていて、その下は沼になっていた。これが切り通しの池である。
切り通しの池から少し行くと関東ふれあいの道車力道コースとの分岐があった。ふれあいの道はここに上がってきているのだ。
この先はすごく急な石段の登りで、両側に手すりがつけられていた。石段は露岩を削ったもので、急な斜面にジグザグにつけられている。
石段から丸太の階段になって、これを登りきるとようやく尾根の上に着いた。ここからは尾根に沿って山頂を目指すのかと思ったら、その道はロープが張ってあって、通行止めになっていた。山頂に行けないのかとあせってしまったのだが、登山道は尾根を乗り越すようにしていったん下るのであった。この尾根から右に行くと展望台なのだが、これは帰りに寄ることにして、まず山頂を目指す。
丸太を組んだ急な階段をどんどん下って行く。こんなに下ってしまって、本当に山頂に行けるのかと心配になってしまった。でも、鞍部に着くと今度は急な登りが待っていた。山頂までは登り下りを繰り返すのだ。鋸山という名前から、すさまじい岩稜を行くと思っていたのだが、広い樹林の尾根が続いている。
長い階段道を登って行くと、アンテナ塔の立つピークが見えてきた。この手前で登山道は左に下って行き、このピークを巻いてしまうのだが、山頂ではないかと行ってみた。頂きにはアンテナ施設があったが、山頂ではなかった。この横を抜けてさらに進むと、登山道とすぐに合流した。
照葉樹林の尾根を5分ほど行くと、ようやく鋸山山頂であった。山頂には関東自然歩道の説明阪がたっていて、広場の真ん中には、八角形の大きな標柱があった。これは天文測量を実施するための「天測点」なのだ。その横にある三角点は一等三角点であった。
山頂には一人の登山者がいて、少しお話をした。彼は日本寺を観光してからここに登ってきたのだそうで、私が登って来た反対側に下って行った。これはふれあい道のコースなのだ。山頂の左側は開けているのだが、霞んでいてよく見えなかった。



 日本寺山頂展望台へ
展望台登り口に戻った


展望台


石切場跡


十州一展望台


瑠璃光展望台に着いた


地獄のぞき展望台に向かう


さて、日本寺に引き返す。アンテナ塔のピークで
5人ほどのおばさんパーティとすれ違った。ここが山頂かときかれた。
尾根からの下り口に戻ったが、まず展望台に行った。ここからはきちんと整備された階段がつけられていて、すぐに展望台に着いた。
展望台からはすぐ隣に鉄柵を巡らした展望台が眺められ、多くの観光客の姿が見えた。すごく近くて、この尾根通しに行けたらいいのにと思ってしまった。尾根は樹林に覆われていて、無理したら行けるのではないかと思うのだが、素直に登ってきた道を引き返すことにした。
急な石段を下って、大絶壁を見上げながら引き返したが、途中に石切場跡の分岐があったので行ってみた。けっこう急な階段を上らなければいけない。
ようやくたどり着いた石切場は、すごい眺めであった。切り取った跡が巨大な角柱を並べたようにそそり立っていた。
日本寺の分岐に戻ったのは1240分、山頂往復に1時間半もかかってしまった。でも、ここからもう一度日本寺に向かって上って行くのだが、けっこうきつかった。
ようやく北管理所に着いて、日本寺の境内に入った。
すぐに大きな広場があって、そこにベンチがぽつんと置かれている。このベンチの正面には巨大な観音像がたっていた。バーミアンの石仏を小さくしたようなものである。それでも、百尺観音というのだから16mの巨大観音像なのだ。
ここからは両側にそそり立つ巨大岩壁の間を抜けて行く。けっこう観光客がやってくる。もうこの先は登山ではなくて、観光地なのだ。
岩の回廊を抜けると広い遊歩道に交わる。ここで左の石段を上ると山頂展望台なのだが、まず右の十州一覧台に行ってみることにした。
広い道を緩やかに下って行くと、すぐに西口管理所に着いた。
ここから外に出るとロープウェイ乗り場があるのだ。ここで右の急な石段を上って十州一覧台に向かう。長くて急な階段の登りであった。ようやく展望台の上に着くと、立派な社がたっていて、新しい石碑もある。世界救世教の教祖岡田茂吉という人の顕彰碑であった。展望台からは海がすごくきれいで、上がってくるロープウェイのゴンドラも見えた。
引き返して、山頂展望台に向かった。急な石段を上って行くと、昔の古い形の展望台があった。瑠璃光展望台というのだが、この上に立つと、すぐ目の前に、岩壁がそそり立っていて、その上に庇のように突き出た岩の上に展望台がが見えた。これが地獄のぞき展望台であった。
今、私がいるのは切り立った絶壁の上なのだが、道は広くてきれいに整備されている。

まず地獄のぞきの展望台に向かった。この展望台から下を眺めると、北管理所が見えた。足がすくんでしまうすごい眺めである。
さらに山頂展望台に向かって歩いて行き、振り返ると大絶壁の上に設けられた地獄のぞきの眺めがすごい。



 石仏めぐり
二天門


日牌堂


石橋を渡る


大仏管理所に着く


展望台の広場から急な石段を下って樹林の中を行く。これから石仏巡りをするのだ。
まず羅漢像と観音像が並ぶ西国観音の石窟を見て、さらに下って行くと岩のトンネルがあった。二天門というのだ。トンネルを抜けて振り返ると、両側に石の仁王像があった。
さらに石段を下って行くと百態観音がある。巨岩が庇のように覆い被さっていて、その下に石仏が並んでいた。
この先はY字路で、まず右の道を少し上がると「あせかき不動」があった。小さな岩窟の中に石の不動明王が祀られていた。
字路に戻って石段を下って行くとたくさんの石仏が並んでいて、その中には大野英令之墓という岩窟もあった。(この人ダレ?)
これを過ぎると宝筺印塔があって、その先にはひな壇に整然と石仏が並ぶ日牌堂があった。
このすぐ先で再び道が分かれる。直進すると奥の院なので寄ってみた。岩のトンネルを抜けて石段を上って行き、踊り場のようなところでターンをすると、奥の院無漏窟がある。でも鉄柵の扉が閉まっていて中には入れない。鉄柵からのぞくと、岩のトンネルの奥に立派な石仏が並んでいるのが見えた。鉄柵の横は通り抜けられそうなので行ってみた。「十方の諸仏」というのだが中には羅漢像も混じっていた。

分岐に戻って石段を下って行くと、維摩窟に着いた。
この前を過ぎて、少し石段を上ると石橋があった。天台石橋というのだが、この橋を渡って、右の石段を上ると不動滝がある。小さな滝なのだが、この時は水がほとんど流れていなくて、滝とは見えなかった。
弘法大師を祀る護摩窟を見て、急な石段を真っ直ぐに下ると広い歩道に出た。すぐ右が大仏管理所で、この広い道は大仏への参道なのだ。大仏めざして参道を行く。



 大仏経由で下山
小林一茶の歌碑


薬師本殿


心字池


久保田駅を指す指導標


久保田駅


石段を下った正面には赤い石の句碑があった。小林一茶の句であった。
 阿羅漢の 鉢の中より 雲雀かな

大仏参道を緩やかに下って行くと、5分ほどで大仏のある大広場に着いた。正面には高さ31mの大仏が鎮座している。左手に薬壺を持った薬師如来の石仏である。
この前にある休憩所で少し休んだ。ここから
保田駅に下って、JR線で浜金谷に戻るつもりなのだが、今1350分。次の列車は1420分なので、これにはもう間に合わない(私は時間を事前に調べているのだ)。次は1535分で、駅までの所要時間40分とすると15時には駅に着いてしまう。駅で待つのもばからしいので、ここで時間をつぶすしかない。かなり時間をかけて大仏をみたりしたのだが、結局15分ほどで下山を始めてしまった。
石段を下るとすぐに大黒堂があって、このすぐ先には白木の真新しい本堂があった。薬師本殿というのだが、新しいものにあまり興味はない。でも、この横にある不動明王の線描の石碑はよかった。
散策路を歩いて行くと、右の高台に庫裏が見えたが、その一帯は工事の真っ最中であった。
「頼朝蘇鉄」、梵鐘を見てさらに行くと、突き当たりは「呑梅楼」がある。ここでターンして急な石段を下って行く。水が濁った心字池を過ぎ、さらに石段を下ると赤い観音堂の裏に着く。
観音堂の正面から参道を下ると仁王門があった。参道を下って行くと弘法井があって、さらに急な石段を下ると右に蝸牛石があった。どうということのない巨岩である。
ここから5分ほどで車道に出て、石柱の間を過ぎると、左に遊歩道入り口の標識があった。1432分になっていた。JRの出発までは1時間もある。
右にJR線を見ながらのんびりと田舎道を歩いて行く。振り返ると鋸山の山塊を展望できた。
住宅地を行くようになったら、ちゃんと指導標がたっていて、迷うことなく保田駅に着くことができた。到着は1455分、40分の待ち時間をつぶさなければいけなかった。
浜金谷に着いたのは1542分、駅から車をおいた登山口に向かう。これは関東自然歩道の道なので、指導標に導かれて歩いて行く。地理感覚がわないままに、指導標だよりで町の中を歩いていって、JR線のガードをくぐって右折すると、登山口はすぐであった。
車に戻ったのは1555分である。
今回の「房総半島の山を登る」という目的を達成したので、これで終了。一旦、家に帰る。


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