中岳からは急な階段を下って車道に出ると、新しくて大きな東屋がたっていた。ここが山頂広場である。もちろんここは三毳山山頂ではない。まぎらわしい名前ではないか。
ここにたつ指導標には「青竜ヶ岳(まで)1300m」と書いてあった。知らなかったのだが、青竜ヶ岳というのが三毳山山頂なのだ。また名石の指導標もあって、このすぐ上に3番と7番の犬石があるという。歩いて行くとすぐに奇妙な形の石があって、これが7番の犬石であった。北側から見ると犬の形に見えるというのだが、私にはそうは見えなかった。
そこから100mほど行くと3番の犬石があった。三毳の関の役人のことを戌奴(いぬ)といったらしいのだが、その役人がこの石の上から往来する人を見張っていたので戌奴石という名前がつたのだという。けっこう納得した。
急な階段を下って車道に出て、これを横断して林の中に入ると東屋がたっている。このあたりが三毳の関跡らしいのだが、指導標にはわざわざ「伝承」と付記されているので、信憑性は薄いみたいである。このすぐそばに道祖神の祠があった。苔むした古い石の祠であった。
ここから青竜ヶ岳までは1000mである。
100mほど行くと三毳名石4番の花籠石があった。石の舞台のようなところで、この上で僧が五穀豊穣・村内安全のお経を1週間にわたってあげたところ、村民が競って花籠を捧げたというのだ。この岩に上がって見たが、樹林に囲まれていて展望はなかった。
松林の中を歩いて行くと車道に出て、そこにも東屋があった。このすぐ先の指導標には青竜ヶ岳まで500mと書かれていた。もうすぐである。
右・湿性植物園の指導標を過ぎると階段の急な登りになった。最後の登りはきつい。右に階段ではない踏み跡があったので、これを行くことにした。傾斜のきつさは変わらないのだが、階段は段差が大きくて疲れるのだ。
階段と合流すると、すぐにテレビ中継アンテナ塔がたつ山頂に着いた。山名の標識も三角点もないので山頂かどうか迷ってしまうのだが、ちょうど反対側から登ってきた登山者に聞いたらここで間違いないという。14時55分になっていた。
休みながらガイドブックを読んだら、このすぐ下に「竜ヶ岳雷電宮」という巨石があるというので、行ってみることにした。ザックは山頂に置いて、空身で下った。すぐに巨石が重なっていて、下に回るとこの巨石の間に小さな石の祠が置かれていた。手を合わせてから山頂に戻った。
ポッドの暖かいコーヒーを飲みながらどのコースで下るか考えた。
同じ路を引き返すのはつまらないので、車道と遊歩道を組み合わせて最短で下るコースを決めた。
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