クワウンナイ沢という沢がある。
この沢のすばらしさは滝の瀬十三丁と呼ばれる2km以上続く滑滝にある。「日本で最も美しい沢」と絶賛されたというがまったくそのとおりだった。
夏休みは、この沢を遡ってトムラウシに登り、そこから大雪山まで縦走するという計画を立てた。
幌尻岳に登ったとき沢登りをして、ひどいめにあったのだが、妙に心に残った山行で、装備を完全にしてもう一度、沢にチャレンジしてみたくなったのだ。
このために、沢登りの足回りにはかかせないという「わらじ」を買いにいったが、店先で「ウェンディングシューズ」という靴があるのを知った。ズックのような靴の底にフェルトを貼り付けたものである。
この他に脛あてと、伸縮できるストックを購入した。こうして勇躍、クワウンナイ沢遡行に出発した。
ところが、寝過ごしてしまった。朝、3時くらいに釧路を出る予定が6時過ぎになってしまった。
1991年8月10日
旭川から天人峡に向かい、そして登山口に着く。
ここで車を置いて、歩き始める。帰りはJRとバスを乗り継いで、ここまで戻ってくるつもりである。
出発は12時頃になってしまった。
キャンプ指定地までは6時間以上かかる。
シェルター型のテントを持ってきているので、適当なところで野営してもいいと、タカをくくっての出発であった。
歩き始めてすぐにボンクワウンナイ沢出会いに出て、すぐに靴を履き替える。
徒渉の連続である。
沢を遡って行き、5時を過ぎてそろそろテントを張ろうかと思っていた頃に、登山道脇のわずかなスペースにテントが張られているのを見つけた。仲間がいると喜んだのだが、これがもぬけの空で、人の気配がしない。
なんか、薄気味悪い。想像したのは熊のことである。
沢筋のこんなところにテントを張って、ヒグマが出てきたらどうしようか。もしかしたらこのテントは、そんなことがあって、逃げ出して放置されたテントかもしれない。
ガイドブックに記載されている幕営地まで行くことにした。
沢を徒渉しながら登って行くと、上のほうから煙が流れてくる。幕営地で焚き火をしているらしい。
人がいる、と思ったら心強くなった。
しかし、時間はもう既に6時をまわって、沢筋は次第に暗くなってくる。
7時を過ぎると、あたりは真っ暗になった。気持ちはあせるのだが、なかなか幕営地には着かない。
暗い中で沢の徒渉を繰り返すのは、けっこう危険である。それでも進むしかない。
私は、こうしたときはできるだけヘッドライトは使わない。不明瞭な道を歩いているときにライトの光に頼ると、その範囲しか見ることができなくて、道を失うことが多いのだ。
人の目というのはうまくできていて、けっこう夜目に慣れてくるものである。
空のほのかな明るさだけで、道の感じをある程度つかむことができる。ただ、徒渉する時だけは水の底がどうなっているか見えないので、ヘッドライトをつける。
ともかく、こうして危うい遡行続けて、ようやくの思いでキャンプ指定地にたどりついた。
さすがに「助かった」と思った。
時間は8時少し前であった。
このとき、テントがいくつか張られていたのだが、その明かりが異様にまぶしく感じた。それだけ、真っ暗な中を歩き続けていたのだ。挨拶をしたら、「今着いたのですか」とビックリしていた。
8月11日
テントを張ったのところはカウン沢出合である。今日はトムラウシに登って、ヒサゴ沼の小屋まで行くつもりある。
出発したのは6時頃。
30分ほど歩くと沢が大きな滝となっているのにぶつかる。これが岩魚止ノ滝である。
昨日の疲れが残っているのか、なかなかペースがつかめない。滝の前で大休止をしてしまった。
この滝を越えたらいよいよ滝の瀬十三丁である。
このすばらしさは文章で云々できないので、写真を見てほしい。
ともかくクワウンナイ沢はすばらしい、他にいいようがない。
沢登のフィナーレはなんかさみしい。あんなに激しかった流れが次第に細くなって、ついには生い茂る植物群の中に消えてしまう。
なんか、さっきまで沢の徒渉を繰り返し、滝を高巻いたりしていたのが遠い夢のようである。
稜線に出る直前にガスに巻かれた。その中を歩いていくとカチッ、カチッという音がする。これはもしかしたら「ナキウサギ」の声なのではないかと霧の中をみまわしたら、偶然にも岩の上にナキウサギをみることができた。感激。
縦走路に着いたのは1時半くらいであった。けっこう時間がかかってしまった。
ここからは、今日のテント場のヒサゴ沼とは反対方向に向かう。トムラウシを登るのだ。
トムラウシの手前には大きな沼があった。北沼である。
これも霧の中で、その横を通ってトムラウシ山頂に向かう。大きな岩が重なる中の急な登りであった。
トムラウシ山頂はやはり霧の中で、展望はきかなかった。
山頂から来た道を引き返して、クワウンナイ分岐からさらに進むとヒサゴ沼である。
テントは張らずに、避難小屋に泊った。
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ボンクワウンナイ沢
沢に沿って登って行く
渡渉をくりかえす
今回持ってきたテント
岩魚止ノ滝の前で
すばらしいナメが続く
ようやく稜線に着いた
北沼。山頂は近い
トムラウシ山頂
ヒサゴ沼との分岐
ヒサゴ沼避難小屋 |